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更新日:2017年4月4日

本證寺境内

概 要

 本證寺境内は、平成27年3月10日に国指定史跡となりました。鎌倉時代(13世紀後半)に創建されて以来、700余年続く三河真宗の名刹です。この間、様々な事跡を経ましたが、現在まで継承されていることに大きな価値があります。特に注目される価値として、次の4点が挙げられます。

 

  •  歴史

 三河一向一揆の中心寺院であったこと江戸時代において東本願寺派の触頭としての役割を担ったこと「寺内」の景観や土地利用形態が今日まで継続されているこ地域に根差した真宗文化が評価されています。

 

  • 堀や土塁などの遺構群

 本證寺は、内堀・外堀という二重の堀に囲まれています。内堀の半分ほどは現在でも視認できます。あとの半分と外堀は地中に埋没しているものの、今日まで大半が破壊されること無く残存しています。土塁も内堀の内側に一部が残存しており、堀の基底部から土塁頂部までの比高差は5.4m程度あったことが確認されました。このほかにも地中に埋没している遺構は多くあります。三河一向一揆当時の堀と土塁などの多くの遺構が良好な状態で残存していることは、全国的にみても貴重です。

  • 文化財

 本證寺には、多種多様かつ膨大な文化財が伝わっています。本堂、鼓楼などの建造物をはじめ、聖徳太子絵伝や善光寺如来絵伝などの絵画、慶円上人坐像や聖徳太子立像などの彫刻、垣蔦文組椀などの工芸品や、門徒連判状などの書跡、教行信証などの典籍、このほか約9700点におよぶ文書記録類、天然記念物のイブキがあります。聖徳太子絵伝と善光寺如来絵伝は重要文化財、ほかのものも県や市の指定文化財となっています。

 

  • 自然環境

 庫裏の北側と西側にある雑木林は、土塁築造当時には存在しなかったと考えられますが、その後約450年の間、自生する樹木を伐採しなかったために雑木林となりました。本来であれば市内にはこうした雑木林が多数あったはずですが、明治用水開通以降の開削や、近年の土地改良工事によってそのほとんどが姿を消しています。この雑木林は昔から、地域住民の身近にある自然、里山として親しまれ、当地域における貴 重な自然環境のひとつとなっています。

 また、大門をはさんだ内堀には、赤と白の花をつけるハスが繁茂していました。その姿は明治32年(1899)まで遡ることができ、本證寺固有の景観のひとつでしたが、平成7年(2009)頃からハスが絶滅してしまいました。このハスを復活させるため、平成21年(2009)に市民ボランティア団体「本證寺ハスの会」が発足し、この活動のおかげで現在では見事なハスの姿が取り戻されています。

 

 

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第16次調査(平成26年度)の様子。

手前の凹みは外堀、奥の屋根は本堂です。

 

寛文3年(1663)に完成した本堂(県指定文化財)。

 

鼓楼と内堀。夏には内堀にハスが咲き誇ります。

調 査

 現在まで、本證寺の姿を明らかにするために様々な調査を行ってきました。ここでは、その一部である遺跡発掘調査や建造物調査の成果を紹介します。

 遺跡発掘調査は、主に本證寺の外堀がどの範囲まで広がっているのかを確認するために行ってきました。絵図や地籍図などから外堀を復元し、その図案をもとに調査を行った結果、ほぼ図案通りに外堀が掘られていたこと、三河一向一揆の頃に掘られたことなどが明らかになっています。それ以外にも、個人住宅建設に伴う発掘調査の結果、「寺内」の様子の一部などが明らかになりました。

 建造物調査では、鼓楼・鐘楼の解体修理(鼓楼/平成18年度、鐘楼/平成20年度)の折に調査を行い、その構造や建立年代などが明らかになりました。

発掘調査

建造物

 

 

 

   

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