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更新日:2013年6月20日

山崎城跡

市指定史跡

遺跡番号  541016

 

概要

 山崎城は、矢作川右岸、碧海台地の東端に位置します。北側は谷地形で、東側は沖積地に面しています。現在、城館の一部区域は山崎神明社の境内になっています。

 「松平記」・『寛政重修緒家譜』によると、山崎城は1543(天文12)年に織田氏と親密な関係にあった松平信孝によって築城されたとあります。しかし、築城して5年後の1548(天文17)年、今川氏の配下として敵対していた松平広忠の在城する岡崎城攻撃に出陣し、戦死してしまいます。そして翌1549(天文18)年、今川氏は、軍を派遣して織田氏の勢力下にあった安祥城を攻略して明け渡させました。この時、山崎城も廃城となりました。

 堀や土塁は1960年代の土地改良事業が行われるまでよく残存していました。 土地改良事業以前の1966年(昭和41)に行われた測量調査によると、土塁と堀はほぼ方形にめぐっており、堀を含めた規模はおよそ南北125m、東西145mであったと推測されます。土塁は北東隅がもっとも高く、上面も広く、3×3mほど平坦になっており、物見櫓的機能を果たす場所だったと考えられます。

 1967年(昭和42)と翌年に発掘調査が行われましたが、山崎城時代の遺構は検出されず、遺物も鍋類小片がわずかに出土したのみでした。

所在地

山崎町城跡36ほか

山崎城跡位置

堀(神明社北)

山崎城堀と土塁

お問い合わせ

生涯学習部文化振興課埋蔵文化財センター
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