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市長のときどきブログ下学上達

最近の出来事の感想やちょっとしたコメントを書いています。
これまでの「月曜のひとこと」と「今月のメッセージ」から変更します。

2020年7月27日

人はなぜ税を払うのか

「人はなぜ税を払うのか 超借金政府の命運(東洋経済新報社)」という本の著者 浜 矩子先生と言えば同志社大学大学院教授であられ、マスコミ等を通じてかなり辛口の経済評論を展開しておいでです。その独特の切り口での論評に感心させられることが多いのですが、安倍政権の経済政策を「アホノミクス」とまで言い切られる表現には、こちらがやや尻込みしそうになります。

しかし、御用学者が多いと言われる時世にあって、その勇気は賞賛に値するとも感じられ、ある種の怖いもの見たさのような好奇心から、表題の著書「人はなぜ税を払うのか」を読んでみました。

  • 税金は権利か義務か博愛か

当書は第1章から「税金は権利か義務か博愛か」と、いきなり真正面から納税の本質的な意義を問いかけます。まずやり玉に挙げられたのは日本の財務省が作成したパンフレット「もっと知りたい税金のこと」で、そこに表記されている「税は社会の会費です」ということばに疑問を呈されます。

浜先生は「自分のために払うのが会費、みんなのために払うのが税金」とされ、租税制度が自己利益誘導の温床と化すことを危惧されます。よって、税の徴収者には圧倒的に「賢く」、徹底的に「高潔」に、不動の「正当性」を求められておられ、すべての公務員はそのご指摘を襟を正して拝聴せねばなりません。

税の歴史は古く紀元前3000年前後の古代エジプトにさかのぼります。「租税」という言葉があり、現在は税金と同義にとらえられていますが、そもそも古代は税は穀物などの物納で納められており、禾(のぎへん)からなる租税の「租」はそれを意味しています。古代の租税制度は支配者が被支配者から収奪する形態であり、納められた租税は支配者が支配の確立強化のために使っていました。また、一人の国王が数多くの国民の徴税に当たれないため徴税請負人という担当者が置かれたものの、彼らのピンハネがかなり横行していたようです。ピンハネ等により計画通りの税が納められないため税の引き上げが繰り返されるうち、重税に耐えかねて領民が夜逃げしたり、反乱や革命をもたらしたりの歴史が繰り返されてきました。

しかし、それでも長い歳月の間、多くの領民が不承不承(ふしょうぶしょう)ながらも納税に応じていたのは、国王が自分たちを異民族や他国の脅威から守ってくれる、土地を提供してくれる、生活に追い詰められた時面倒を見てくれる等、一対一の受益性によるものと解説されています。

  • 無償の愛による税のきっかけ

浜先生は現代社会の税金は博愛、つまり無償の愛により納められるべきと記されていますが、この転換期はフランス革命にあったと紹介されます。

18世紀初頭のフランス国王であったルイ14世は、栄華をほしいままにし、やりたい放題の戦争を仕掛け、さらにその後の後継者の浪費癖が国家財政を破滅に導きます。重税に次ぐ重税、しかもその重税は国民を守ってくれたり生活を支えてくれたりするものではなく、王侯貴族の贅沢三昧に浪費され続けたため、国民の憤懣(ふんまん)はやがてフランス革命へと形を変えてゆきます。

この時期、かつて教科書で習ったモンテスキューやルソーらが登場し、「国王が要求する租税に対する同意権を持つ議会を設けるべき」と主張する等、論理的なバックアップをしたことでフランスの憲法制定につながります。この時、租税の分担については「市民の能力に応じた平等性」が、そしてその使途については「市民が関与する権利」が認められ、現代につながる税制や民主主義の基本形態が形作られます。

浜先生の税制についてのご教授は、その後、消費税の起源から日本版消費税へと続きますが、ここでは省略してこの本の締めくくりとなる日本人への警鐘へと話を飛躍させます。

  • どこへ行く、日本の租税と財政

日本では明治の文明開化の流れの中で、欧州に起きた知の文明開化の実体験がないまま、それら(ルネッサンス、啓蒙主義、市民革命)を伝聞として理解するにとどまっており、そのために日本の徴税者がなぜ税金を徴収するかが分かっていないと指摘されます。特に日本の消費税のあり方については非常に厳しく批判されています。

また、完璧な納税理論が根づかなかった別の要因として、戦後の復興から日本が一丸となった高度経済成長期の社会を挙げられます。この右肩上がりの時代では、ほとんどの日本国民が終身雇用という「私的な公助」に守られてきたため、生活保護などの公的公助の有難みや重要性が分からず、自助・互助・公助に関する認識があやふやなまま近年まで推移してきてしまったと分析されています。

そうした背景により、建前は福祉国家とされているにもかかわらず、国の社会福祉は民間への丸投げが横行している現実に対して、「人はなぜ税金を払い、自分たちは何のために税金をとるのか」ということに対する意識形成がなされてこなかったためではないかと指摘されています。

しかし時代は移り、今や日本は「一億総サラリーマン社会」ではなくなりつつあります。浜先生は富める納税能力のある人たちが、その能力に応じて租税分担能力のない人々のために分担するという意識の必要性を求めておられます。最後に、浜先生が力説された2点をご紹介しておきます。

  1. 財政は健全志向がいいに決まっている。その上で、経済状況に応じて臨機応変に動く。それが政策というものだ。
  2. 消費税減税で消費金額の大きい富裕層が潤うようではいけない。無償の愛たる税金の役割を発揮するためには、むしろ富裕層には臨時増税を受け入れてもらうことも考えられるだろう。

最近ではあまり語られなくなった感のある「健全財政」と税の果たす「富の再配分」という、財政と税制の基本についての正論が新鮮に感じられる世相が気がかりでした。

ふとイソップ寓話の「アリとキリギリス」が思い出されました。楽天的に未来を夢想したキリギリスと、未来に備え隠忍自重(いんにんじちょう)したアリたちの物語では、それぞれの冬が全く違った季節となっていました。厳しい寒さに打ちひしがれたキリギリスと、ステイホームを楽しむアリとが対比されていますが、「私たち日本人はこれからどんなコロナ禍の時代を生きてゆくのか」とあれこれ考えさせられました。

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