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更新日:2015年11月6日

明治天皇御野立玉跡の石碑について

要旨

里町にある神社で、「明治天皇御野立玉跡」と彫られた石碑が地面に置かれているのを見つけました。この石碑は、日本史の第一級の歴史資料になるかもしれません。
知立市谷田町には大正天皇の「御野立玉跡」の石碑が整備されているそうです。安城市として、この石碑について調査し、整備してください。

回答内容

今回情報をご提供いただきました「明治天皇御野立玉跡」と刻まれた石碑(以後、「玉跡碑」という)は、明治23(1890)年に愛知県で行われた陸・海軍大演習で明治天皇が休息した場所を記念して造られた碑であると考えられます。

演習において両軍は安城市北西部、知立市との境を流れる猿渡川の両岸で相対し、明治天皇は現在の東栄町の墓地付近で休息しました。墓地内には昭和43(1968)年に建立された「明治天皇御野立所」という石碑(以後、「野立所碑」という)があります。

さて、あらためて玉跡碑を見ると、現況では3つに割れており、「明治天皇御野立玉跡」という文字に続いて「■(欠損して読めず)へ二丁」という文字が刻まれています。二丁は約218mに換算でき、玉跡碑のある場所から南西の東栄町の墓地内の野立所碑まで直線距離で約210mあります。したがって、この玉跡碑は、明治天皇休息場所が、玉跡碑のある場所から二丁の距離にあることを示したものと考えられます。当時のメイン道路であった東海道沿いに玉跡碑を建てることで、道行く人々にここから二丁の距離に明治天皇の休息場所があることを案内するためのものであったと推し量られます。

この石碑は個人の所有であり、現在も所有者の方が清掃等を行い、きれいに管理しておられます。個人所有地であるため、市で整備等をすることは難しいですが、安城市教育委員会文化振興課で作成している「歴史の散歩道~東海道と鎌倉街道めぐり~」というリーフレットを今後改訂する際には、この明治23年の陸・海軍大演習関連の石碑についても紹介できればと考えております。

回答した月

平成27年10月

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