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更新日:2022年5月23日

市長のときどきブログ下学上達

最近の出来事の感想やちょっとしたコメントを書いています。
これまでの「月曜のひとこと」と「今月のメッセージ」から変更します。

2022年5月23日

明治用水の緊急事態

5月17日朝より、矢作川中流域にある通称「水源」と呼ばれる明治用水頭首工(豊田市内)の貯留池で大規模な漏水が起き、この地域の農工業に大きな影響が出ています。そもそもは、発生が想定される大規模地震による被害を防ぐために、老朽化している明治用水の農業水利施設の耐震性を高めるための国営総合農地防災事業「矢作川総合第二期地区」が、頭首工及びその下流域で改修工事が行われています。その最中に、今回の重大事態が発生したものです。(国営事業予定工期は平成26年度から令和11年度まで、総事業費564億円)

この農地防災事業の対象エリアとなっているのは、矢作川の中・下流域を中心とした安城市の他7市にまたがる5,441ヘクタールの水田農業地帯で、「日本デンマーク」と称された先進的農業地域です。この地域では、水稲を中心に水田の畑利用による小麦、大豆等の土地利用型作物のほか、畑での野菜や果樹など多様な農業経営が展開されています。

また、自動車産業など商工業が盛んな地域でもあり、本地区の基幹的な農業水利施設(共同施設)によって、農業用水はもとより、工業用水や水道用水も供給されています。そのため今回の漏水の影響は農業だけにとどまらず、工業にまで及んでおり、地域の基幹産業である自動車産業の生産にも影響が出てしまいました。

明治用水頭首工の下流側(現在)

【明治用水頭首工の下流側(5月23日現在)】

漏水発生の2日後、矢作川総合第二期地区の事業推進を求める協議会総会が本市で開催されましたので、会議の終了後に事業主体の農林水産省東海農政局から事態の状況報告をしていただきました。漏水前は頭首工の貯留水の水圧により自然流下し、農業や工業の用水として利用されていた明治用水です。しかし漏水後は、水量が極端に減ったことで自然の流れがなくなり、仮設ポンプによる送水に切り替えられています。現段階(5月23日現在)では、農業及び工業の要望に応えられる最低限必要な水量に達していないようですが、農水省と愛知県とで仮設ポンプの設置台数を増やしておいでです。

仮設ポンプによる送水の様子

【仮設ポンプによる送水の様子】

また、国や県の動きに加えて、明治用水土地改良区も流域内の中小河川から用水路への給水を行っている他、流域内の各市町でもそれぞれの対応が図られています。ただ、頭首工の改修工事は農林水産省、農業用水の供給は明治用水土地改良区、工業用水の供給は愛知県と、役割分担が複数機関にわたっているため給水再開への問い合わせがあちらこちらに錯綜し、農工業の関係者は混乱しておられます。

さらに、明治用水とは別に飲料水は各市町村が供給していますが、そちらは水源が異なりますので今のところご心配は無用です。1日も早い明治用水の漏水対策を進めていただきたく、西三河9市1町の連名にて20日に文書で農水省への緊急申し入れを行いました。

 

現在の矢作川上流域には複数のダムが建設されており、人為的な水量調節が可能ですが、最初の取水施設が建設された明治時代初期は、自然の流れを人為的に調整できる環境にはありませんでした。大型重機のなかった時代にありながらも、よくぞ実用にかなう取水施設が作られたものだと感心してしまいます。石積みながら腕の良い職人たちの技能により、水流に耐えられる優れた構築物が建設されたものと想像されます。

水が減り出現した昔の頭首工

【水が減り出現した昔の頭首工】

今回の事態に直面し、改めて明治用水がこの地域の重要な産業基盤であるということ、そして明治用水の構想を打ち立てた都築弥厚がいかに偉大であったかを、多くの人が再認識することとなりました。ただ感心してばかりはいられません。田植え最中の農業用水断水により、多くの農家の皆さんはその対応に四苦八苦しておいでになります。

本市としましては、市内を流れる中小河川からのポンプアップによる水田への配水を実施するなど、すでに実施可能な対策を進めています。現在は漏水の原因究明と合わせて、必要とされる水量をいかに早く提供できるかという一刻を争う状況です。国や愛知県、そして明治用水土地改良区と流域の市町が力を合わせて、効果的な水の確保と節水の呼びかけに尽力してまいります。

本来の明治用水頭首工の姿

【本来の明治用水頭首工の姿】

2022年5月9日

霊峰からの啓示

青葉若葉がまばゆい初夏を思わせる5月を迎えました。今年のゴールデンウィークは早い段階から天気を見通すことが難しく、直前まで判断に苦しみましたが、五月晴れを見出して久々の山歩きを楽しんできました。今回出かけることにしたのは「上高地」及びそこから標高差800mを登った「涸沢」です。

上高地(かみこうち)

上高地は、長野県西部のいわゆる北アルプス(飛騨山脈)南部の梓川上流、標高約1,500mの景勝地です。中部山岳国立公園の一部となっており、国の特別名勝・特別天然記念物にも指定されています。上高地の観光スポット河童橋より、梓川に沿いに徒歩1時間ほどで穂高神社奥宮と明神池に至ります。「かみこうち」は本来「神垣内」と漢字表記されたとの説もありますが、その神々しい風景を目にすると納得させられます。

朝日の明神池

【明神池の日の出】

この周辺には、いわゆる日本百名山に選ばれた穂高岳、槍ヶ岳、焼岳、常念岳などがそびえており、上高地を登山基地として山頂を目指す登山者が多くおいでになります。体力に自信がある若い頃は私自身もその一人でしたが、還暦が過ぎたわが身に鑑(かんが)み、近年は登頂にこだわることなく大自然の景観を楽しむ山歩きを志向するようになってきました。「極めるもよし、眺めるもよし」といった心境です。

上高地から涸沢へは、地図上で徒歩約5時間の道のりとされています。うち2時間は梓川沿いの比較的平坦な林道歩きですので、山岳風景をめでつつ同行者との会話も弾みます。しかし、残り3時間にわたる深い谷沿いの登山道に入りますと、前後左右が見通しにくくなるばかりか足元の残雪に注意が必要となるため、会話は途切れ無言の歩行が続きます。登りの傾斜角度はさほどではないと思われますが、空気の薄さのせいもありザックが重くのしかかり呼吸が激しく乱れます。

しばらく歩いては小休止し、再び歩き直すことを繰り返すうち、遠い雪の斜面上部に山小屋らしき建物を見つけました。もう少しの頑張りと自らを鼓舞するのですが、傾斜角度と立ち位置によって山小屋は視界から姿を消すことしばしばで、その距離の遠さと自らの無力さを実感させられます。

残雪残る登山道

【残雪の登山道】

それでも「継続は力なり」です。甘い期待を打ち捨てて、心身の苦しみを甘受する開き直りの心境に至れば、いつの間にかゴールに近づいた自分に気づくことができます。苦しみから逃げようとするのではなく、それに立ち向かおうとする覚悟こそが、苦境からわが身を救い出してくれるように思われます。

涸沢(からさわ)

涸沢はかつて氷河によってえぐられたであろうカールと呼ばれる、すり鉢状の壁面に囲まれた谷を形成しています。涸沢のカール直径は約2km、標高は約2,300mとされています。カール壁の最高点は、穂高連峰最高峰の奥穂高岳(標高3,190m)で、涸沢からの高低差は900m近くあり、日本最大規模のカールです。涸沢付近の雪解け水は、登山口の横尾で槍沢と合して梓川となり上高地内を流れますが、この流れはやがて千曲川と呼ばれるようになり、最終的には信濃川として海に注がれます。

鯉のぼり舞う涸沢ヒュッテ

【鯉のぼり舞う涸沢ヒュッテ】

涸沢からは前穂高岳、奥穂高岳、涸沢岳、北穂高岳といった3,000mを超す峰々が臨め、涸沢をベースキャンプとしてここから雪面を登る多くの登山者の姿を目にすることができます。私自身もザックの重量物を下ろして身軽になれば登れるような気はしますが、自らの社会的な使命を考えいつもこの涸沢止まりとしています。

宿泊した涸沢小屋

【宿泊した涸沢小屋】

今さら言うまでもないことですが、何度も通った山々を見ると地球の温暖化は確実に進みつつあることを実感させられます。今年の冬の寒さは格別で、全国各地から豪雪のニュースが届けられた記憶はまだ新しいところです。

そこで、久々に出かける5月連休の穂高山脈の冠雪に期待して出かけたのですが、上高地の河童橋から眺めた穂高岳は期待に反して雪が少ないと感じました。宿泊した山小屋の方にお聞きしてみると、やはりこの時期にしては残雪が極めて少なく、山野草の開花も早まっているとのお話でした。

嘉門次小屋の囲炉裏

【嘉門次小屋の囲炉裏】

大自然が示唆してくれる気候変動の兆候に対し、人類は強い連帯感と危機意識を持った行動を起こしてゆかねば、取り返しがつかない事態に遭遇するのではないかと思われます。戦争や政争に明け暮れている暇(いとま)があるはずはありません。

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