市長のページ

ここから本文です。

更新日:2017年10月2日

2017年9月

9月25日(月曜日)

23日(土曜日)の午後、アンフォーレにて「図書館総合展2017フォーラムin安城」が開催されました。内容は3部構成とされており、1部は作家の荒俣宏先生による講演、2部は図書館に関わる設備やサービス業界のプレゼンテーション、そして3部は私も参加するパネル討論の構成でした。

会場にお越しの皆さんは、主に地方自治体や大学の図書館関係者、また出版や建設業界の皆さんで、これから新たな図書施設の建設計画をお持ちの方々、また図書サービスの見直しを検討中の方々が多いと感じました。図書館は多くの市民にとって、普段あまり気に留めることのない公共施設なのでしょうが、そこに関わる方々が全国津々浦々からお越しになり、しかもこんなにも様々な分野にわたっているとは…と、私にとっては光栄でありまた驚きでもありました。

 

フォーラムでは、冒頭の地元市長あいさつの後、1部、2部は観客の1人としてお話を拝聴し、3部のパネル討論に参加しました。私のアンフォーレ紹介の持ち時間は約20分とされており、この時間内で平成14年の更生病院の郊外移転に始まり、病院跡地開発の議論、南明治地区の土地区画整理事業への着手、アメリカ・韓国への図書館視察、そしてPFI事業者の選定など、過去15年間の流れを紹介しました。

そしてその後の討論では、すでに既存の公共図書館があるにもかかわらず、さらに新しい図書施設を建設することの理由を、市民にご理解いただくのにいかに苦労したかをお伝えしました。また聴講される皆さんに対しては、アンフォーレ建設を図書施設単体の公共事業と理解されるのではなく、大きなまちの再開発の流れの一環としての中核施設建設という受け止めをしていただけるよう、壇上ではそのことを意識してお話ししました。

第3部パネル討論の様子

【第3部パネル討論の様子】

私が市長に就任して、はや14年半が過ぎました。この間、さまざまな公共事業を進めて来ましたが、私自身が立ち上げたプロジェクトの中で、最も精力を注いだのは南明治地区の区画整理事業と、このアンフォーレ建設といっても過言ではないと思っています。その経過の全体を把握してきた立場の私からの説明は、どうやら聞き手への説得力があったようで、討論終了後の懇談の場では数多くのご感想をお聞きすることができました。

 

私も立場上いろいろなフォーラムに参加し、パネラーとしてお話をすることがありますが、市内の討論会で地元の方々へお話するのと、遠方からお越しの方々にお話するのとでは、やはり勝手が違い戸惑いを覚えます。地元事情を全く知らない全国各地からの皆さんであり、しかも立場もまちまちの場合、どこまでどんなお話をすれば本市の実情が伝わるのかと、案じればきりはありませんが、私なりの熟慮を求められました。その結果、参加された皆さんに何らかの収穫があったとしたなら、私の苦労も報われます。

11月には横浜市内で、「図書館総合展2017フォーラム」の全国向けのパネル討論があり、そこへも参加する予定になっています。他市の新しい図書施設の紹介もあるようですので、それらとの違いを打ち出し、本市のアンフォーレの特色が伝わるようなお話をするつもりでいます。アンフォーレとその周辺のまちづくりが、地方都市の新たな活力再生の参考事例になれば光栄に存じます。

作家の荒俣宏先生と一緒に

【作家の荒俣宏先生と一緒に】

9月19日(火曜日)

先週末に、台風18号が日本列島を縦断しました。市内でも若干の被害が出たものの、影響は比較的小さく胸をなで下ろしました。そして18日(月曜日)の「敬老の日」、関係の皆さんはやきもきされたことかと思いますが、多くの地域で予定どおり敬老会が開催されました。私は例年、町内会連合により開催されている北部、桜井、南明治の3つの敬老会に出席しています。

今から2か月前、100歳を超えてもなお現役の医師として健康長寿を自ら実践され、本市へも3年前に講演にお越し下さいました日野原重明先生が、105歳で永眠されました。そのためまずは先生のご冥福をお祈り申し上げ、お聞きしました健康長寿の秘訣を、改めて多くの高齢者の皆さんへ紹介しました。先生は健康長寿の秘訣を3つ挙げられ、1に「バランスのとれた食事」、2に「日常のこまめな運動」、3に「社会奉仕の精神」とされました。詳しくは、下記の「今月のメッセージ」バックナンバー(2014年6月)をご覧ください。

奉仕の心で健康長寿(2014年6月)

 

日野原先生が永眠された後、先生の日常をよくご存知の方が読売新聞のインタビューに応じられ、生前の先生の意外な一面を紹介されていました。私はこのお話を今年の敬老会で披露しようかと思いましたが、生死にかかわるお話で、誤解があっても困りますので口にはしませんでした。そこで新聞記事を基にここで紹介いたします。

日野原先生は4年前に、70年間連れ添った奥さまを亡くされました。先生はそれまで内科医として4千人を超す方々の臨終を看取り、死を後戻りできないものと理性では理解されていたものの、自らに近づいている現象との意識が希薄だったようです。

しかし、身近な奥さまの逝去に直面され、「そばにいたいという思いと、死の足音を聞く恐ろしさの2つの違った感情が私の中で闘っているのを自覚した」と述べられたそうです。自らのご長寿と元気さとで多くの人々を元気づけられ、精一杯のアピールによりまだまだいけると思っておられた時、奥さまの死に直面され、初めて死というものを身近なこととして実感されたとありました。

それから2年後、気持ちの整理をされた先生は、「家には一人を減じたり、さはれ 天に一人を増しぬ」という詩を講演で紹介され、心情を披歴されたそうです。分かりやすく言いかえれば、「家には一人を減らされた、しかし天国には一人を増やされたのだ」ということになるのでしょうか。日野原先生はキリスト教徒であられますので、生死を神のお計らいと受け止められたのでしょうが、不思議なことにこうした考え方は、日本に古くから根づく土着宗教の「あの世観」に相通ずるものがあるように私は受け止めました。

「人はあの世とこの世を行き来する。この世の生はあの世の死であり、この世の死はあの世の生である」というのが、日本人の死生観であると哲学者の梅原猛氏は著書「あの世と日本人」に記しておられます。生と死を突き詰めて考えれば、宗教を問わず、自ずと行き着く結論はほぼ同じということになるのでしょうか。変に思われるかもしれませんが、私はそんなところに妙な共感と関心を抱いてしまいました。

 

最後に、ここからは私の下種(げす)な想像ですが、だからこそ生前中、特に夫婦仲をはじめ家族の関係は良好にしておくべきと考えます。どちらかが先に天に召された後、やがて残された側が遅れてそこにたどり着いた時、先立った側からそっぽを向かれてしまったとしたら、それほど寂しい話はありません。

この世での仲たがいが、あの世でも繰り返されることのないように、早めに縒(よ)りを戻しておく必要があるのではないでしょうか。これは他人事ではなく、私自身の戒めともしておきます。

9月11日(月曜日)

先週は複数の方から「自転車旅行の筋肉痛はどうでしたか」と問われ、案外いろいろな方がこの欄をお読みくださっていることを知りました。そしてその後、不思議なことに筋肉痛は起きず、意外な結果に内心驚いています。

 

さて秋の稲刈が進みつつあります。私たち安城市民にとっては、昔も今も、代わり映えしないような郊外の農村景色。それを見ていますと「安城は農業地帯だ…」と感じます。

しかし、農家戸数の全世帯に占める割合、また農家人口の全人口に占める割合、いろいろな統計数値から、今や農業者は全市民の3%程度ではないかと推定されます。つまり視覚的には今も農業地帯と見えながらも、その広大な農地や農業に直接関わる人たちはごく少数派となっており、農業と関わりのない人たちが多数派になっているという現実があります。

限られた市域面積の中で、未来に向けた有効な土地利用を図るのが、私たち安城市政に関わる者の使命です。しかし改めて、その「有効な土地利用」とは、何を意味するのかとしばしば悩んでしまいます。農家側に立てば、現在ある農地の永続的な保全ということになるでしょうし、都市生活者側に立てば、市街地の秩序ある拡大ということになるでしょう。

安城市政はその狭間(はざま)に立たされ、農家側からは開発志向とのお叱りをいただきますし、都市生活側からはもっと良好な宅地供給をとのご指摘を受けます。市政運営に当たる者として、どちらか一方に偏(かたよ)るという気持ちはないのですが、私の希望としては、農地に生きる3%の皆さんと、農業に関わりのない97%の皆さんが、もっといろいろな場で交流され、双方の立場を分かりあうことができればありがたいと願っています。

これまでの歴史では、農業者は農業団体でのお付き合いを大切にして来られました。また市街地に生活される住民は、都市空間でのお付き合いが主だったことでしょう。そんな生活圏の違いから、都市部と農村部、それぞれに暮らす市民に意識の乖離(かいり)が生じているように思われます。

 

私は市街地のアンフォーレオープン以来、特に農政の担当者に対して「農業に携わる皆さんに、アンフォーレに足を運んでいただき、新しい施設の活用を意識してもらいなさい」と言い続けています。

生活環境の違いを問わず、すべての市民の命は、日々口にする食物によって保たれています。そして、その食物は主に農畜産物から生産されています。新鮮でおいしく健康に資するものを口にしたいという願いは、安城市民のみならず全ての人々に共通するものです。食についても消費者と生産者、二つの立場に分類されてしまいますが、都市と農村それぞれの住民が、いかに相互の理解を深められるのか。そのことが問われているように感じられます。

その交流のきっかけをアンフォーレでつくり出すことができれば、市民の間によき互恵関係が生まれるのではないかと期待しています。収穫の秋を迎えるこれからの季節、豊かな実りの披露を通じて、身近な農業に対する理解、そして消費者意識に対する理解が深まることを願っています。

農家の収穫風景

【農家の収穫風景】

9月4日(月曜日)

9月1日(金曜日)より、安城市議会の9月定例会が開会しました。今定例会の質問は、都市政策の中長期ビジョンへの質問が多いためか、答弁のとりまとめに時間がかかり、精神的なストレスがかなり蓄積されてしまいました。そこでお天気を見計らい、珍しく特別な公務のなかった週末の土日を利用して、自転車で岐阜県中津川市の温泉へ出かけ一人旅を楽しんできました。

実は7月にも、恵那市へ自転車で出かけたのですが、翌朝の帰路があいにくの雨模様となってしまいました。そのため安全を最優先して、自転車の本体とタイヤを分離し輪行袋に詰め、最寄りの駅から電車で帰ることとしため不完全燃焼の無念さがくすぶり続けていました。よって、今回こそは往復とも自力走行でと再挑戦をすることにしました。

山間地のイメージの強い東濃地方ですが、豊田市から北上する経路では標高500mほどの山間部があるもののアップダウンはさほど激しくなく、大きな峠を超えればあとは緩傾斜が続くといった具合です。また走行距離も片道100km少々と、私の年齢と体力からすれば理想的な山間コースと思われます。さらによく知られた温泉地はありませんが、小ぢんまりとした温泉がちょくちょく点在しているようです。

そんな知名度の低い温泉宿は宿泊客も少なく、静かなひと時を過ごすにはまずまずの小旅行となりました。また安城市に比べて標高が高い場所を走ったためか、秋の訪れの気配をあちらこちらで体感することができました。特に9月早々のこの季節に彼岸花が咲いていることには驚きました。そのようすを写真で紹介することとしました。

山間地の早い秋彼岸花が咲いている様子

【山間地の早い秋】

これを書いている時間は、3日(日曜日)の午後4時です。中津川の宿での朝食を待つことなく、午前5時過ぎには宿泊地を出発したため、なんと昼食は自宅でとることができ、余裕を持って月曜日からの本会議に臨むことができそうです。

ただ気がかりなのは、今のところ足腰を中心とした身体の疲れが感じられないことです。今から20年も前の私が市議だった頃のこと、当時は周辺市議会との交流として議員野球大会が行われていたのですが、その練習や試合の後で先輩市議から「君は若いから翌日にでも筋肉痛が出るだろうが、年配の自分たちは二日くらいたたないと痛みが出てこない」と教わり、半信半疑でいました。しかし、今や自分がその域に達したようで、3日夕方の段階で顕著な筋肉痛はなく、ごく普通に家の周りで犬の散歩ができてしまうことが怖いと感じます。

今後、忘れた頃に大変な激痛に見舞われるのでしょうか。ちょうど明日から本会議場での一般質問が始まり、そう頻繁に動くわけではありませんので公務に支障が出ることはありませんが、往復200kmを超す山間地走行の疲れは一体どんな形で現れるのかを案じています。でも、もしかしたら泊まった宿の温泉の効能により、大した筋肉痛にはならなかったとしたら本当にありがたいことです。その結果は、火曜日あたりに判明することでしょう。あの温泉の効能を信じて、自らの身体に現れる結果を待つこととします。

過去のひとことを読む

お問い合わせ

企画部秘書課秘書係
電話番号:0566-71-2201   ファクス番号:0566-76-1112