市長のページ

ここから本文です。

更新日:2013年9月19日

2013年8月

8月26日(月曜日)

19日(月曜日)、20日(火曜日)の二日間をかけて、「ゲゲゲの鬼太郎」の作者としてしられる水木しげるさんのふるさと、鳥取県境港市へ視察に出かけてきました。

私はこれまで鳥取県へは行ったことがなく、電車の乗り継ぎ等あまりよく分かっていなかったのですが、三河安城駅から乗り継ぎ地点の岡山駅までの新幹線乗車での2時間弱を考えますと、岡山駅から境港駅の乗車時間が特急利用でも3時間以上かかると知り、山陽地方と山陰地方は背中合わせでありながら、時間距離についていかに遠い地域同士かということを知りました。

厳しい炎天下でしたが、まずは遠路はるばる多くの方々が足を運んで一度は見たいという「水木しげるロード」を歩いてみようということで、800mほどの商店街の主要道路の視察から始めました。水木しげるさんの妖怪漫画に登場するいろいろな妖怪のブロンズ像がいくつも並び、どれがどんな妖怪なのかと興味は尽きません。大きなブロンズ像あり、また小さなブロンズ像ありと、大小さまざまな妖怪が歩く人の目を楽しませてくれます。

【「水木しげるロード」でいろいろな妖怪に出会いました

【「水木しげるロード」でたくさんの妖怪に出会いました】

それにしてもブロンズ像の大きさの不揃いが気になりお聞きして見ますと、「市が考えた妖怪モニュメント構想に対し、当初は商店街からの反発が強く、最小限の大きさの像を認めてもらった」ということでした。かつてのさびれたシャッター通りの商店街にたくさんの妖怪が立ち並べば、お客さんが気持ち悪がってますます寄り付かなくなるのではないかというのが、当初の商店主たちの心配だったようです。しかし実際はその後、水木しげるさんのドラマや、アニメ「ゲゲゲの鬼太郎」が話題となり、それにつれて境港市への観光客が増加したことで、妖怪ブロンズは徐々に大型化されてきたということでした。

それにしても、それほど交通の便の悪い人口3万5千人ほどの境港市の「水木しげるロード」に、昨年だけでも270万人もの観光客が訪れているということは驚異でした。特に、水木しげるさんご夫妻を描いたドラマ「ゲゲゲの女房」が放映された平成22年の年間来訪者は、370万人近かったとお聞きしました。

そしてもう一つの驚きは、それほどの来訪者がこのまちに足を運んでいながら、宿泊者向けのシティーホテルがこのまちにないという事実でした。「一体なぜ?」と市の職員にお聞きしたところ、「もともと境港市は観光都市を目指しておらず、水木しげるロードもローカルな商店街の都市景観事業という位置づけだった」という説明で、元来、外来のお客さんを呼び込むことを狙った事業ではなかったことがうかがえました。

そもそもは平成5年にJR西日本が「鬼太郎列車」を始めたことから、境港市もようやく12年に妖怪神社・妖怪ポストを設置し、翌13年には妖怪壁画へと発展。さらに17年から現在の妖怪ブロンズ設置に至っており、当初は商店街の批判を浴びつつの行政主導の話題づくりであったことが分りました。

私たちの安城のまちは、残念ながら水木しげるさんほどの著名な人物や、「ゲゲゲの鬼太郎」のような人気キャラクターとは縁がありません。しかし、少し地味でしょうが、童話作家として全国に知られる新美南吉ゆかりの土地です。安城時代の南吉を顕彰する活動の延長上で、特色あるまちづくりを引き続き進めて行こうと考えています。

取り上げようとするキャラクターやテーマは異なりますが、特色あるまちづくりについての最初の一歩の状況や、市の姿勢についての差異はなく、私たちの「新美南吉まちづくり」の取り組みも、方向性としての大きな誤りはなかったということを確認できました。

炎天下の「水木しげるロード」見学は参りましたが、とても価値のある視察となりました。

8月19日(月曜日)

7月27日(土曜日)~8月4日(日曜日)の「南吉メモリアル9Days」が終わり、一般的には新美南吉関連事業は終了したと受け止められているかもしれません。しかし、現実にはまだまだ地道に各種の事業が継続的に実施されています。

8月7日(水曜日)に、安城市版ブックスタートが開始されました。ブックスタートとは、まだことばも話せない乳児の段階から、保護者が絵本を使って読み聞かせを行い親子の絆を育む事業です。安城市では新美南吉絵本大賞で大賞を受賞された作品を絵本に製本化し、それを活用するという独特のブックスタートを実施することとしました。

初めての配本当日、私も会場に足を運び、4か月検診に訪れた親子と触れ合ってみました。まだハイハイすらできないような赤ちゃんでも、こちらから語りかけたり絵を見せたりすれば、素直にそれに反応する様子がよく分かりました。赤ちゃんたちは、まだそれらの意味を理解できてはいないのでしょうが、ページがめくられ絵が変わるごとに興味を示していたのには驚きました。よき新美南吉の顕彰活動となり、またよき母子教育の一環となるものと思われます。

新美南吉絵本大賞受賞作品「二ひきのかえる」を配布しました

【新美南吉絵本大賞受賞作品「二ひきのかえる」を配布しました】

また18日(日曜日)は、前進座による「花木村月夜奇妙(はなのきむらつきよのきてれつ)」という演劇が、市民会館で開催されました。これは原作を「花のき村と盗人たち」とする劇で、お集まりいただいた幼い子どもを含む皆さんに、十分楽しんでいただけたものと思います。

この童話が執筆されたのは昭和17年、新美南吉が29歳で亡くなる1年前のことです。当時は、すでに太平洋戦争が開戦されており、社会が騒然としていた時代であったものと推測されますが、そのような時代にどうして南吉はのどかな童話などを綴って(つづって)いたのでしょうか。私はそれを不思議に感じておりました。

その理由は今も明確には分かりませんが、演劇を見て想像されたのは、世の中が騒然とし殺伐(さつばつ)とした時代だからこそ、また自らの死を自覚し始めていた時期だからこそ、底抜けなお人よしの集まる平和な理想郷の存在を渇望したのではないかということでした。戦争というむごい争いごとのない社会への願い、自らの魂が救われるようなあの世の希求、それらが集約されたのが花のき村という理想郷だったのではないかという気がしました。

花の木とは、安城のまちに実在する商店街の地名であり、劇中に出てくるお地蔵さんも実存するのですが、南吉は自らの生活圏の「花の木」と、自らの生まれ故郷である半田の「岩滑(やなべ)」を融合させて、愛すべき住民らを主人公とした物語をまとめたのではないでしょうか。

新美南吉生誕百年記念事業を通じて、あれこれ考えさせられ、また勉強させられています。

8月12日(月曜日)

お盆を迎えようとするこの時期、広島・長崎への原爆投下、そして終戦記念日と、静かに歴史に思いを馳せる機会が多くあります。また暑さをこらえつつ祖先のお墓参りに出かけるなど、肉親の面影に思いを馳せ、さらに自らの生の意味をも考えるという、とても厳(おごそ)かな時期だと思われます。

しかし、今年は夏を迎えてから、またも市内での連続不審火が発生しており、心落ち着く例年の夏とは雰囲気が違うように感じられます。

今春の安城市内での連続放火事件では、4月末に犯人が逮捕されましたが、取り調べの結果、捕まった犯人の仕業ではない不審火も複数あったとお聞きしました。その模倣犯によるものなのでしょうか、この夏に入りまして安城市北部の尾崎町を中心とした連続不審火が発生をし、枯草やワラ、さらには民家の外壁が燃える事件が発生しています。また8月に入ってからは、丈山小学校区を中心としたエリアでも不審火が発生しており、ビニールハウスや民家の外壁が燃えています。

まずは、被害にあわれた皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。また今回も、これ以上の被害を出さないようにということで、7月半ばから事件の発生に合わせて安城市と安城警察署、安城消防署とが情報を共有し合い、対策を話し合う連続不審火対策本部会議を開催しており、不審火の発生状況に合わせた巡視パトロール等の強化を行っています。関係機関と地元の皆さんとの協力により、一日も早い事件の解決を図りたいと願っています。

消防団は市民の安全を守るためがんばっています。愛知県消防操法大会で安城市代表は5位に入賞しました。

【消防団は市民の安全を守るためがんばっています。愛知県消防操法大会で安城市代表は5位に入賞しました。】

今回の連続不審火は、明らかに現在人が居住していると認識できる建物からの出火が多く、極めて凶悪な犯罪が繰り返されているところに大きな特徴があります。罪名からすれば、これは「現住建造物等放火罪」に該当すると思われ、法定刑として「死刑、無期懲役、5年以上の有期懲役」と規定されているように、現行法上では殺人罪と同等の法定刑を有する重罪とみなされます。

こうした刑法の重大な定めを知らずに放火が繰り返されているとするなら、無知ほど怖いものはないと思います。また一方、刑法の定めを知っているにも関わらず放火が繰り返されているとするなら、何が実行者をそこまでの自暴自棄に追い込んでいるのだろうかと、犯罪に対する憎しみと併せて、ある種の不憫(ふびん)さすら感じてしまいます。

この凶悪事件の根本解決には、犯人逮捕しかありません。安城市、警察、消防、そして地域の住民の皆さんの4者が力を合わせて、1日も早く安心して眠れる夜を取り戻したいと思います。目撃情報など関連情報がありましたら、ぜひご連絡ください。

こうした不安を抱きながら、お盆を迎え祖先の霊と向かい合わねばならないことを、とても残念に思っています。

8月5日(月曜日)

先週は、前半が南吉生誕百年祭、後半が安城七夕まつりと、かつて例のないお祭り続きの1週間となりました。

7月27日~30日の4日間に及ぶ南吉生誕百年祭は、29日が雨で祟(たた)られてしまいましたが、他の3日間はまずまずのお天気となり多くの方々のご参加をいただきました。意義のある南吉生誕記念イベントとなったと感じております。

特に南吉の誕生日の30日は、故郷の半田市でも誕生日イベントが開催され、午前中に新美南吉記念館で行われた誕生日式典には、私も出席しご挨拶申し上げました。またその日の夕方、今度は安城市の交流広場で誕生日式典を行い、半田の市長さんにおいでいただきました。

半田市長さんとキャンドルナイトの点灯を行いました

【半田市長さんとキャンドルナイトの点灯を行いました】

新美南吉はすでに70年前、29歳と若くして他界しており、半田市、安城市の2つの市でお祝いをされる時代が来るとは、彼自身も予測すらしていなかったことかと想像されます。結核のため自らの才能を十分に発揮できないまま、ひっそりと郷里で亡くなった南吉でしたが、それでも彼のずば抜けた才能を見抜いていた恩人らにより、彼の童話作品は後世に伝えられ、半世紀以上の時を経た今日も南吉文学は高い評価を受け続けています。

成果主義が重んじられる昨今、短期間での成果を求められることが多いと感じられますが、長い時間の経過とともに人物やその業績に対する評価は変わってゆくことがあるのだということを、新美南吉から教えられたような気がします。「急いては事を仕損じる」ということばがあります。私たちはせっかちになり過ぎて、長期的、大局的な視点から評価をする姿勢を忘れてしまっているのではないかと反省させられます。

8月2日~4日の3日間は、恒例の安城七夕まつりが開催されました。初日は七夕飾りの審査があり、七夕会場内の飾り付けを審査して歩きました。また3日目は、子どもたちの描いた絵画のコンクールがあり、子どもたちの目を通した七夕まつりの絵を見せてもらいました。こうした催しを通じて感じられたのは、新美南吉への理解の広がりでした。

七夕飾りも、子どもの絵画も、常連キャラクター「サルビー」や「きーぼー」に加え、今年から「新美南吉」や「ごんぎつね」が目立ち、南吉生誕祭を通じて「安城の新美南吉」が徐々に市民の意識に浸透しつつあるということがうかがえました。

今回の飾り付けコンクールで特賞を受賞された飲食店は、かつて新美南吉がこの店で食事をしたことで知られており、それゆえ飾り付けにはかなりの熱が入っていました。ランプを描いた数多くの行燈(あんどん)は、「おじいさんのランプ」のクライマックスを表現したオリジナルの手作り装飾でした。審査に当たった私だけではなく、他の審査員の皆さんも心に感じるものがあり、このお店が特賞に選ばれたのではないかと思われます。今年は特に、そうした南吉に対する思い入れのある力作が多いと感じられました。

飾り付けコンクールで特賞を受賞した七夕飾り

【飾り付けコンクールで特賞を受賞した七夕飾り】

7月30日の新美南吉生誕記念と、8月初旬の安城七夕まつり。今後もうまく組み合わせて、相乗効果の生まれるような夏まつりにまとめてゆきたいものです。さらに、半田市との連携による新美南吉の顕彰活動についても、今後、広域的な観光という視点から共に考えてゆきたいと思っています。

過去のひとことを読む

お問い合わせ

企画部秘書課秘書係
電話番号:0566-71-2201   ファクス番号:0566-76-1112