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更新日:2013年6月20日

2013年1月から2月

2月25日(月曜日)

ドイツ西部の州都で留学生活を送る娘の許へ行って来ました。娘と会うのは1年ぶりなのですが、今の時代はメールや、パソコンを使ったテレビ電話形式の会話ができますので、懐かしいという感慨はありませんでしたが、元気なようすに安心しました。
今回は娘の結婚に向けての私的なドイツ旅行なので時間に縛られることはなく、娘や彼女の婚約者に会う時間以外は、家内と観光したり自分の足で市内探訪をしたりと、自由気ままに、しかも興味のおもむくままに行動することができ、久々に開放感のひと時を過ごすことができました。

ドイツに到着してまず最初に驚いたのは、空港に迎えに来てくれた娘と婚約者が、バスで迎えに来てくれたということでした。聞くところによると、彼らは自動車を所有しない生活とのことで、日本の日常感覚からすればこれは驚きでした。
しかし、娘の暮らす人口60万ほどのまち中に入りますと、バスのほかにも路面電車が縦横に走り、さらに地下鉄もありと、車に頼らなくても暮らせる公共交通機関などの都市機能があることに気づかされました。

日本人としての素朴な2番目の驚きは、娘の生活圏ににぎやかな商店街が生きているということでした。個人経営と思われる小規模スーパーやパン屋、さらに生活必需品を揃える店などが、歩いて買い物ができる範囲にしっかり根付いていました。
こうした店舗には営業時間に規制があるようで、そのためコンビニを見ることはなく、かつての日本に見られたような商店街がそこに発見されました。アパート系の住宅と商店の共生するまちを歩くと、お年寄りや障害者をよく見かけました。身近な場所で生活雑貨が買い揃えられるまちは、こうした社会的な弱者にも暮らしやすい環境になっていることがよく分かります。

こうした何気ないまちの風景の中に、私たちの住む日本のまちとの大きな違いを見たような気がしました。

週末に車に乗り、家族で郊外の大型スーパーに1週間分の買い物に出かけるという光景はそこにはなく、今日・明日の暮らしを語り合い、食べたい食材を商店街で購入して持ち帰り、主にパンと手料理で暮らす比較的質素なドイツの都市生活が想像されました。
現代の私たち日本人の暮らしは、アメリカの車社会をモデルに掲げて進んできてしまったのだということを、改めて再認識させられました。都市の中に商店街が生きており、また公共交通機関が充実している、かつての日本社会に当たり前のように見られた歩いて暮らせるまちは、環境配慮という側面だけでなく、高齢者や障害者への生活対策にもなっていることが確認できました。

そうしたいわゆるコンパクトシティが存続可能な背景には、おそらく郊外への大型スーパーの進出を規制する法的な制約があるものと思われますが、残念ながら今回の私的な旅行ではそこまでの聞き取り調査はできませんでした。

路面電車が走るドイツ西部の都市風景

【路面電車が走るドイツ西部の都市風景】

娘の暮らすドイツ西部の都市で3日間の滞在後、今度は相手男性のご両親が暮らすドイツ南部の故郷へ、娘たちと揃って出かけました。

やはり人口60万人ほどのドイツ南部の州都にはメルセデスベンツの本社があり、そこは市内を歩くだけで人びとの暮らしの豊かさやまちの活力が感じられました。娘の婚約者のご両親は、このベンツ本社のある都市の隣まちに暮らしておられるのですが、その人口6万人の地方都市にもベンツの工場があり、小さいまちながらも財政的な余裕があることが感じられました。
私は立場上、そうしたまちの財政状況や政策的なことがらに興味が湧いたのですが、残念ながらそれらは今回の目的ではありませんのでまたの機会とし、本来の目的である相手のご両親へごあいさつをし、親としての務めに専念してまいりました。

私たちが帰国した後、娘からは感謝のメールが届けられました。なんとか親としての役目が果たせたのかと、胸をなで下ろしています。

2月18日(月曜日)

2月14日(木曜日)、多くの皆さんにとってはバレンタインデーだったと思われますが、私にとりましては安城市長に就任して満10年の節目の日となりました。気にしなければ何気なく過ぎてしまいそうな1日だったのですが、節目として特別な意味を持たせることで、心機一転で市政運営に臨もうと思い、自分なりの記念日のお祝いを考えてみました。

10年という歳月の節目に意味がありますので、樽詰めから10年目を迎えたウィスキーを購入し、歳月を味覚として受け止めつつ来し方を振り返ってみることとしました。

しかし、いろいろ調べてみるとウィスキー10年物はまだまだ未熟な若いお酒のようで、酒造メーカーが自信作として世に出す段階ではないためか、流通する種類はあまり豊富ではないということを知りました。たしかに10年物の若いウィスキーはピリピリとした刺激があり、炭酸水で割ったハイボールとして楽しむには問題はありませんが、ウィスキー自体の味わいとして飲み心地がよいとは言い難いものがあります。

メーカーがウィスキー熟成の目安としているのは、世界的に昔から12年物とされているそうです。熟成感が生まれる一方、若い刺激もいくぶん残り、その両者の微妙なバランスから12年物が人間でいう壮年、つまり働き盛りとみられてきたようです。それより古い15年物や20年物は、若い刺激は感じられないものの、まろやかな香りと味覚で熟成を実感できるお酒へと変わるようです。

さてウィスキーはともかく、市長の職務としてはどうなのでしょう。張り切ってがむしゃらに突っ走る10年には勢いがあったのでしょうが、経験不足から苦い試行錯誤を重ねることも正直いく度かありました。それらの反省と経験を重ね、12年目に近づく頃、市政運営での熟度を市民の皆さんに実感いただければ本物なのでしょうか。さらに熟度を高めるべく、頑張らねばならないと思いました。

就任した年のミス七夕コンテストであいさつをする私

【市長に就任した年のミス七夕コンテストであいさつをする私】

さて引き続きの私事で恐縮ですが、昨年3月からドイツへ語学留学に出かけていた私の娘が、この春にドイツ人男性と結婚することとなりました。4月のゴールデンウィークに一時帰国し、相手の男性とともに日本で入籍手続きをするという段取りが決まっています。

よって、私たち夫婦は娘の親として男性の親にあいさつすべく、2月17日(日曜日)から23日(土曜日)までドイツに出かけることとしました。3月定例議会の直前に公務から離れるということに若干の抵抗感はありますが、さりとてこの時期以外になかなか時間を見出すことは難しいのが現実なので、ここは思い切って親としての役割を果たすこととさせていただきます。

私たち夫婦もすでに相手の男性に会っており、誠実な人柄などある程度は理解しているつもりなので特別大きな不安はありませんが、それでも生活環境の大きく異なる国での今後の娘の暮らしを想像しますと、親としてあれこれ心配の種は尽きないのが現実です。

しかし、そんな心配をしている私たち夫婦も若い未熟者同士で結婚し、手探りでの試行錯誤と多くの方々のご支援によりここまで暮らしてきていますので、娘たちの結婚も案ずるより産むが易(やす)しであって欲しいと、祈りにも似た気持ちを抱きながら出かけてまいります。

すでに2人の副市長に私の留守を頼んでありますが、よろしくご理解いただきますようお願い申し上げます。

2月12日(火曜日)

2月10日(日曜日)、市内の産業文化公園デンパークにおいて、「安城市民デンパーク駅伝大会」が開催されました。私は当然のことながら主催者としてあいさつをするためデンパークに出かけましたが、会場のランナーの中に何人もの市役所職員を見つけました。

駅伝大会のスターターを務めました

【駅伝大会のスターターを務めました】

「そういえば…」と思い出したのは、今年は過去最高の参加228チームのうち、10チームは安城市役所職員によるチームであると事前に聞いていたことでした。

安城市役所では、平成19年秋のリーマンショックを機に、私のかけ声で「明るい話題づくり」の運動を始めました。リーマンショックは、それまで「元気な愛知」といわれていたこの地域の空気を一変させてしまい、とくに基幹産業である自動車関連企業への打撃はとても大きいと感じられました。

「民間企業に元気がなくなってしまった時、地域の公務員が元気を出さなくてどうする」という発想から、市役所が一丸となって「明るい話題づくり」をするようにという市長号令を翌20年春に発しました。市役所内の各課単位で年間最低1つは課題とし、各職員が個人でも明るい話題づくりを心がけるようにという声もかけています。

そんな市長からの鶴の一声により、(渋々?)始まったのが市役所内の「明るい話題づくり」です。スタート後は1年に1度、各課長からの聞き取りをして必ず取り組むようにと工夫をしていますが、今では各職員が自発的に色々な挑戦をしてくれているようでありがたい限りです。取り組みはそれぞれの部署に任せていますので、職場によって今回のように駅伝大会に参加をしてくれたり、また各種イベントでのボランティア活動をしてくれたりと、あれこれとよく考えて取り組んでくれているものと思われます。また彼らだけではなく、私自身も日常的に明るい話題づくりを考えて実践するように心がけています。

駅伝大会に参加した職員チーム

【駅伝大会に参加した職員チーム】

人間の持つ様々な欲求の中には、「承認欲求」と呼ばれるものがあるようです。人間には基本的に、他の人や社会から認められたり評価をされることで、自らに自信を持ち、また自らの行動にやりがいを感じるという心理作用が働くようです。

私は単純に、民間企業が元気をなくした時、まず地方公務員が意識して元気の源になるようにと考えたのですが、どうやらこの指示は市役所職員らの社会的な承認欲求を満たすことにもつながっているのではないかと感じ始めています。仕事外の行為なので単なる奉仕活動なのですが、そこに自分たちのやりがいを見出し、さらに地域の方々から感謝される職員となってくれれば、私にとってもありがたい限りです。

彼らが地域社会の中で認められ承認欲求が満たされることで、私自身の承認欲求までもが満たされるように感じられます。駅伝大会に参加した彼らの頑張る姿を見ると、私の心まで晴れ晴れとしたものにさせられました。

2月4日(月曜日)

2月4日、今日から立春となりました。暦の上では春を迎えたということなのですが、まだまだ朝夕の冷え込みは厳しいものがあります。

年末から年始にかけての諸行事、厳しい寒さに負けることのないように気合いを入れて次々とこなしてきたつもりだったのですが、残念ながら先週から風邪を引いてしまったようです。同年代の知人にそのことを知らせたところ、「自分たちの体は半世紀も稼働してきたのだから、お互いに健康管理には気をつけねばいけないね」と言われてしまい、妙に納得させられました。

半世紀近い代表的な施設として、安城市役所の本庁舎が挙げられます。本庁舎は昭和41年に建設され、今年で築47年目を迎えることとなります。頑丈そうな公共建築物でも、さすがに古めかしく感じられるとともに、あちらこちらの補修が必要となってきています。

私は今年6月で55歳になります。老朽化が感じられる市役所の庁舎よりも、私の方がこの世に長く存在しているということになり、自分自身の体のメンテナンスも必要と気づきました。まずはしばらく安静を心がけ、早く風邪を治しての職務精励に努めねばと自分自身に言い聞かせています。

安城市の平成25年度の新年度予算がまとまり、今週から市議会への会派説明会を開催してゆきます。

平成20年度のリーマンショック以降、この地域の自動車関連企業の業績は厳しいものに転じ、アメリカでのトヨタ車バッシング、東日本大震災によるサプライチェーンの寸断、さらに中国での反日運動と、ここのところ毎年のようにこの地域の基幹産業経営を揺るがすような世界的な事件や災害が頻発しています。

本来であれば安城市の財政も、かなりひっ迫した厳しいものになっていたと考えられますが、私たちは過去の「元気な愛知」と言われた時代に浮かれることなく、財政的な余力を蓄えることができたため、今でも健全財政を堅持できているというありがたい状況にあります。今のところ景気の動向により、市民サービスを低下させねばならないような状況にはありません。

目先の現象に惑わされない、長期的な視点から財政計画を考える、そして無理をしない。そんな市長としての10年間の姿勢が、厳しい時代にあっての本市の健全財政につながっているものと考えられます。

しかし、よくよく考えてみれば財政計画だけでなく、自分自身の健康管理も同様に思われ、今となってはあまり無理をしなければよかったと反省しています。私が各種の行事に顔を出すことで各団体の皆さんが喜んで下さることから、数多くの催しに出席し続けてきたため、知らず知らずに心身の疲労が蓄積されていたのでしょうか。自己管理が甘かったかと、しみじみ反省しています。

引いてしまった風邪は仕方ないとしても、いかにして1日も早く元気な健康体に戻るかが大切と感じます。度の過ぎた頑張りは控えめにして、1日も早く健康回復ができますようにしばらくはおとなしく過ごします。

1月28日(月曜日)

私の行きつけのこの地域のあるバーで、以前、アルバイトのバーテンダーをしていた男子大学生がいました。彼はなかなかの勉強家で幅広いお酒の知識を習得し、またカクテルを作る手つきは上達が早いと感じられました。たまに客として訪れる私との会話は弾み、現実の社会に対する好奇心もとても旺盛でした。大学卒業と同時に、彼は大手洋酒メーカー系列の飲食店に就職することになり、単身上京してゆきました。

先の土曜夕方、その行きつけのバーに今年初めて入店してしばらくすると、かつてのバーデンダーであった彼がお店に客として入ってきました。久しぶりにこちらへ帰省し、時間があったのでたまたま立ち寄ったということで、6年ぶりの再会を懐かしみました。

久しぶりのよもやま話をしていると、最近彼が、飲食店で働く人たちの接客技能を競う「S1サーバーグランプリ」関東地区大会に出場し、優勝したということを知りました。もともととてもまじめで細やかな心配りのできる若者だっただけに、当然と言えば当然とも思えますが、突然の朗報に私はわがことのように嬉しくなってしまいました。

しばらく会っていないため、どこでどのように過ごしていたのかはよく知らなかったのですが、ひたすら飲食サービスの技能向上を目指して頑張り続け、今は東京の赤坂にある系列店の店長になっていました。

今回の優勝により、会社の中では若いリーダーとして注目され、また彼を目標とする年下の部下も沢山いるように感じられました。3月中旬には都内で全国大会が開催される予定で、そこへの出場は全社的に期待されていると聞きました。

「水を得た魚」ということばがありますが、彼の場合は今の仕事が性分に合っているということなのでしょう。新たな大きな挑戦に向けて静かにファイトを燃やす彼が、悔いのないパフォーマンスを披露できるように願い、気持ちの良いほろ酔い気分で家路に就くことができました。

ちなみに彼の作ったカクテルで、私が好きなのはマンハッタンです。このマンハッタンはもともと甘口で「カクテルの女王」と呼ばれていますが、私は辛口タイプにしたいわゆるドライ・マンハッタンが好みです。バーボンウィスキーをワインで割ったカクテルで、妖艶な色合いだけで酔ってしまいそうなお酒なので注意が必要ですが、癖になりがちな風味があります。

マンハッタン(イメージ図)

【マンハッタン(イメージ図)】

関東地区大会で優勝した彼が差し出すお酒を飲むなど、今やとても贅沢なことだったと思われます。接客サービス日本一を目指し、頑張れK君!

1月21日(月曜日)

17日(木曜日)、18日(金曜日)の2日間で、東日本大震災で大きな被害を出した宮城県石巻市・山元町、千葉県香取市を訪問して来ました。安城市はこうした複数の被災地に、職員数名を派遣し被災地復興を支援しています。


1日目は巨大な津波により、海岸沿いのまちが破壊されてしまった石巻市と山元町を訪問しました。これら自治体では、被害のなかった内陸部に市や町が土地を確保し、区画整理事業による街区整備を進め、災害公営住宅を建設する動きが始まっていました。

災害公営住宅の建設現場

【災害公営住宅の建設現場】

現場はおおむね水田地帯が多く、雪が降る天候の下でも工事は着実に進められていました。山元町の場合は、もう家も建てられ始めており、仮設住宅で暮らす被災家族の一部は、おそらくこの春にも仮設住宅から新居に移ることができるのではないかと思われました。

巨大な津波は、海岸部の市街地や農村部を壊滅的に破壊しており、そのためこうした災害公営住宅地は一か所の面積が数十haもあり、そこにかつての数百世帯の移転が図られ、さらに保育園や小学校も移設される予定で、さながらまちと住民が一団となって移転をするものと思われました。

「ローマは一日にしてならず」ということばがあります。小さいながらも一つのまちが丸ごと移転するため、これまでの2年間、被災住民との話し合いや土地の確保のための地権者との交渉など、関係自治体職員の並々ならぬご苦労があったものと想像されます。もちろん本市職員もその一助となり、立派に貢献してくれたものと思っています。

2日目の訪問地、千葉県香取市はやや内陸のため大きな津波の被害は出ていないものの、利根川河口沿いに位置しているため、かつての河川敷に盛り土して造成された市街地では、激しい液状化現象に困っておいでになりました。液状化の起きた地域では死者こそ出てはいないものの、家が傾き住めなくなる他、道路や橋さらに上下水道管などの浮沈や蛇行が起き、生活基盤そのものが使えなくなるという被害が発生しました。
安城市から派遣した2人の職員は、現在上水道と下水道の各部門に1人ずつ所属し、都市インフラの回復に取り組んでくれていました。応援のため他の自治体から香取市へ派遣されている職員は全員で4名と聞きましたので、安城市職員が果たしてくれる貢献の度合いは大きいものと思われます。

被災地の1日も早い復興を願って、次年度も複数の被災自治体に本市職員を派遣します。こうした被災地支援により本市職員が身をもって会得した経験は、私たちの地域でやがて発生すると言われている南海トラフの大地震の際、安城市や周辺市の復旧・復興に生かせるものと考えています。

今後も被災地で頑張る安城市職員を、遠くからながらも温かく見守ってあげたいと思います。

1月15日(火曜日)

新しい年が始まり、いろいろな新年の恒例行事が続きます。

正月三が日の式典はとうに終わりましたが、まだまだ各種団体の新年行事は続きそうです。毎年恒例の行事といえばその通りなのでしょうが、社会情勢は年々大きく変わりつつあり、私は安城市を代表する立場としてどんな新年のあいさつをすべきなのかという悩みは尽きないのが現実です。

しかし、変わりゆく世相を私なりに読み、多くの市民の皆さんに納得をしていただけるあいさつを心がけているうち、気がつけば1月も半ばに差しかかりようやく新年の各種式典の山場を越せたような感があります。

先週の連休には消防出初め式や成人式が開催されました。

出初め式では凛と張りつめた空気の中で、どんなことばを消防関係者に発するのかを考えました。参加していた消防団員らは、仕事の合間を縫って地域住民の安全を火災から守るという大変な職責を負っており、彼らにどのような声をかけることがよいのかという面で頭を痛めました。

消防出初式でのあいさつ

【消防出初式でのあいさつ】

また昨日の成人式に関しては、若い青年たちの独り立ちの大きなきっかけとなる晴れの場だけに、どんな激励が彼らの真の自立につながるのだろうかと考えました。会場の新成人は旧友との久々の再会に沸き、私のあいさつを聞く参加者は少数と知りつつも、中には私のことばに耳を傾ける人もおり、誰に聞いてもらうのかが把握しづらいあいさつも正直難しいものです。

それでもようやく市内での新年恒例行事はなんとか峠を越えたようで、これからは対外的な新年の行事に出席することとなります。

ところで今週末には、東日本大震災の被災地に出向している安城市職員の激励と現地の確認に出かけます。被災地の復旧状況に応じて、職員の派遣のあり方を考える必要があるためです。これは新年度(4月)からの新たな職員派遣を検討する下見となりますので、寒い時期ではありますが、私自身が現地を直接見るという大切な現地視察となります。

間もなく2回目の3月11日を迎えることとなります。この2年間、想定通りの被災地復興が進んでいるようには見えないのが残念ですが、私たちの地域で南海トラフの大地震が発生をした時の危機管理対応、またその後の復旧・復興での現場の動きというものを直接知る貴重な機会です。毎回複雑な思いで私自身の勉強をさせてもらっています。

この地では、例年通りの穏やかな正月を過ごせることのありがたさを噛みしめています。そんな幸せな暮らしができる地域として、どんな被災地支援ができるのか。18万市民を代表してしっかり見て来たいと思います。

1月7日(月曜日)

明けましておめでとうございます。市民の皆さんにおかれましては、穏やかな新年をお迎えのこととお慶び申し上げます。安城市役所は4日(金曜日)に仕事始め式を行っています。

仕事始め式での市長年頭挨拶

【仕事始め式での市長年頭挨拶】

ここで私が述べた挨拶を3つの要旨にまとめて以下にお示しします。

1、今年は新美南吉生誕百年です。新美南吉は今からちょうど100年前の1913年(大正2年)の7月30日に半田で生まれています。29歳で短い人生を終えていますが、その亡くなる直前の5年間を安城高等女学校の教員として、安城のまちに下宿し勤務をしていました。短い人生の中で最も輝いた青春時代を安城で過ごされており、南吉にとってこのまちは第2の故郷といっても過言ではなかろうかと考えます。

そんな南吉に関しては、すでに年末に毎日新聞社が名古屋市内のデパートで「ごんぎつねの世界」を開催し、また朝日新聞も地域版に南吉特集を掲載するなど、マスコミもいろんな形で記念の企画を考えてくれており、ありがたく思います。

しかし、安城市内でも全ての皆さんが新美南吉に親近感をお持ちという訳ではなく、親しみを覚える世代と、さほどでもない世代が混住しているという状況なのかと思われます。と言いますのは、南吉の代表作「ごんぎつね」が初めてこの地域の教科書に取り上げられたのは、昭和40年代初期と聞いています。

よって私の年齢(現在54歳)以下の世代は、教科書を通じて南吉に親しみを覚え、それ以上の世代はさほどでもないという状況かと考えられます。この南吉生誕百年を契機に、半田市と協調体制で新美南吉を顕彰し、多くの皆さんとともに南吉童話の再評価をしてゆきたいと思っています。

2、中心市街地更生病院跡地の拠点施設建設計画がほぼまとまりました。この施設は安城市と民間企業との共同によるPFI事業という手法で建設・運営されてゆくもので、安城市では初めてPFI事業を採用する施設ということになります。

民間企業はこれから公募により決定するもので、5月に民間企業の公募、そして12月に最優秀提案企業を決定してゆきます。これまでどんな施設を作るのかの詳細を分かりやすく示すことができませんでしたが、民間事業者側の最優秀提案が決定すれば、施設の具体的なイメージを絵にして市民の皆さんに示してゆけます。

3、市北部に安城市が開発し、すでに(株)デンソーに売却している土地がありますが、そこへ新たにパワー・エレクトロニクスの評価棟が建設されることになりました。今年2月から工事に着工され、来年の春には稼働させたいというお話です。

しかしながら今回の事業は、まだ売却した土地全体の3分の1程度の土地利用に過ぎません。安城市北部から豊田市南部にかけての朝夕の通勤ラッシュは深刻で、今後の土地活用については周辺の交通環境整備の進捗に合わせて考えてゆきたいということです。愛知県と歩調を合わせる形で、できるだけ早めに主要地方道路・名古屋岡崎線の整備を進めたいと考えています。

以上が、今年の仕事始め式で話した内容です。日本の内外で心配なニュースが多く見聞きされる時代ではありますが、安城市に限っては今後も楽しみな話題の豊富な1年となりそうです。

明るいニュースは私たち安城市から発信してゆくという姿勢で、1年間頑張りたいと思います。今年も1年間、よろしくお願い申し上げます。

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