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更新日:2013年6月20日

2012年9月から10月

10月29日(月曜日)

10月25日(木曜日)の穏やかな秋空の下、家内とともに東京の赤坂御苑で開催された天皇皇后両陛下主催の「秋の園遊会」へ出席させていただきました。

そもそもこうした園遊会という格式の高い場は、日常生活に忙殺されている私には無縁の世界としか思えませんでしたので、宮内庁から出席の打診をいただいた瞬間、その意味がとっさに理解できず頭の中を整理するのに苦労をしました。なぜ私に園遊会へのご案内があったのか、その理由を明確に伝えていただいた訳ではありませんが、おそらく今年6月まで1年間全国市長会の副会長をお務めしたことによるのではないかと考えています。

全国市長会会長のご苦労と比較をすれば、お恥ずかしいような社会貢献でしかありませんでしたが、それでも私なりに一生懸命お務めをしたつもりでした。そんな私の社会奉仕を評価していただけたこと、また家内との連名のご案内をいただけたことに感激し、これまで苦労をかけるばかりで家内孝行をしたこともない私には、妻へのささやかな恩返しとなる貴重な機会となりました。

秋空の下、赤坂御苑にて

【秋空の下、赤坂御苑にて】

会場の赤坂御苑は、うっそうとした森林に囲まれた庭園が広がり、東京都内とは思えないような静けさに包まれていました。入り口は東西南北に開かれ、各入口から園遊会会場の庭園までは大型バスによる送迎があり、赤坂御苑の広大さを実感しました。

私と家内が大型バスで会場に到着したのは、午後1時頃でした。園内が広すぎて地理がよく分からずに戸惑いましたが、宮内庁の職員の皆さんがとても親切にご案内を下さるので助かりました。当日の園遊会への参加者数は約1,700人とお聞きしました。

主な顔ぶれとしては、当日注目の的となったロンドンオリンピックの金メダリストとして、レスリング女子の吉田沙保里さん、ボクシングの村田諒太さん、柔道女子の松本薫さんらの顔を拝見しました。その他、東日本大震災の被災地で復興のために尽力された方、全国的な組織で長年ご尽力された方など、国家のために尽くされた功労者の皆さんが多数おいでとお見受けしました。会場内には私の見覚えのある方が何人かおいでになり、ごあいさつをしているうちに1時間ほどが経過しました。

午後2時を少し回った頃、侍従の方に導かれ天皇皇后両陛下がお姿を現され、続いて皇室の皆さまが芝生の丘陵に整列されました。それと同時に会場が申し合わせたかのような静寂に包まれますと、待機していた吹奏楽団が荘厳な「君が代」の演奏を始めました。遠くに皇室を仰ぎながら拝聴する国歌演奏に神々(こうごう)しさを覚え、あの瞬間にその場にいることができたこと自体に不思議な感動を覚え、予期もしなかった感涙が頬を伝うのに気がつきました。家内もハンカチを目に当てていましたので、おそらく私と思いを一にしていたことかと思われました。

静寂のなかでの吹奏楽団による国家演奏

【静寂のなかでの吹奏楽団による国家演奏】

君が代の演奏後、皇室の皆さんは一列でわれわれ園遊会参加者の前をお歩きになられ、参加者に声をかけられたり歓談をされて移動してゆかれました。私自身は通路わきの人垣の3列目でしたので、皇室ご一行のお顔を目の当たりにすることができました。皇室の皆さん方はそれぞれに独特のオーラが感じられ、近くに立たせていただけただけでほのぼのとした気持ちに変わった自分に気がつきました。

園遊会会場を後にした時、これまでの日常生活からの精神的な疲労はすでに雲散霧消してしまっていました。短い時間でしたが、神聖な雰囲気の異次元空間に置かれたことで、心身のリフレッシュができたのでしょう。

明日からは、新たな気持ちで公務に取り組もうと、そう肝(きも)に銘じて帰路につきました。

10月22日(月曜日)

市制60周年を迎えた安城市内では、ここのところ週末ごとに周年記念の公式行事が開催され、10月を迎えてからの私は土日もない日々を過ごしています。しかし、おめでたい行事であり、また本当に多くの皆さんが市制記念の催しにご協力下さっていることが分かりますので、感謝の気持ちであいさつに立っています。

こうした週末のイベントの成否を左右する大きな要因となるのは、第一にお天気だと思われます。お天気さえ良好なら、各種イベントはまず多くの方にご参加いただけ、好評のうちに幕を閉じることができます。お天気不良のイベントは…、あまり想像したくはありません。この秋、これまでに福祉・文化・スポーツなどの周年記念行事が行われてきていましたが、幸いにしてそれぞれ天候に恵まれ、心から天の恵みに感謝したい気持ちです。

20・21日の土日には、総合運動公園にて「安城こどもまつり」が開催されました。5年ごとの周年に開催されるおまつりで、今回で8回目を迎えました。未来を担ってくれる安城の子どもたちがさまざまな遊びを体験し、そこから貴重な何かを感じ取ったり、学んだりしてくれたことでしょう。会場には早朝から多くの方がおいでになり、準備を進めて下さいました。頭の下がる思いです。

今年は特に安城南ライオンズクラブが創立45周年をお迎えになられたこともあり、安城南ライオンズクラブの皆さんの特別なご配慮による日本一の「巨大キャップアートづくり」が会場内で行われました。しかし、朝早くから乗車のための順番待ちがあった「熱気球乗車体験」は、風の具合により開始まもなく中止となってしまいました。

それでも過去に例を見ないような盛りだくさんの子どもまつりになり、大人の私たちも参加したくなるほどの楽しい内容となりました。おかげで多くの親子連れでにぎわい、価値のある周年事業となりました。安城こどもまつりを支えて下さった多くの皆さんの温かな思いは、きっと多くの子どもたちに伝わったことでしょう。ご協力くださいました各種団体の皆さん、本当にありがとうございました。

こどもまつり開会式の様子

【こどもまつり開会式の様子】

さて、来週も5年に1度の大きな周年記念行事「第21回 教育展」が、デンパークを会場にして開催されます。市内の子どもたちが来年の新美南吉生誕百年を祝い、南吉に関する作品が多く展示されると聞いています。

さっそく週末のお天気が気になりますが、現段階の週間天気予報では、土曜日が曇り時々晴れ、日曜日は曇り一時雨となっており、ぜいたくは言えないのでしょうがお天気は今一つさえないようです。晴れ男・晴れ女を自認される方がおられましたら、ぜひ今度の週末はデンパークにお出かけ下さい。お天気が保たれ各種の周年行事が順調に開催されますようにと、この秋は日々天に向かって祈り続けています。

10月15日(月曜日)

安城市制60周年の記念事業として、「ツールド・じゃんだら輪」という自転車イベントを14日(日曜日)に開催しました。当日は穏やかなお天気に恵まれ、事前申し込みをされた約1千人の参加者が各自のコースを走られました。

安城市は標高0mから30mほどの平坦な市域となっており大きなアップダウンがありませんので、自転車の移動に適した地形といえましょう。しかも明治用水という農業用水がパイプライン化されているため、その上部利用をした明治緑道が市内約30km近く走っており、比較的安全に走行できるという他の町にはない特徴を持ちます。私たちは市民の多くにできるだけ自転車を利用していただき、環境にも健康にもよいまちづくりを進めようと「エコサイクルシティ計画」を作り、多くの皆さんの自転車利用を促進してきました。

今回、市制60周年を記念する事業として、多くの方に自転車の楽しさを体感していただくためのこのイベントを実施することにしたのは、こうしたこれまでの経過がありました。

しかし現実には、環境重視の世相を背景に自転車に対する期待が高まる一方、市街地を猛スピードで傍若無人に走り抜ける自転車に対して、交通規制をして走る凶器と化す自転車の締め出しを進めて欲しいとの声もあり、正直のところ私たちは頭を痛めています。そのため今回の自転車イベントはスピードを競い合うのではなく、三河路の秋を満喫してもらうことを目的とした自転車ツアーという面を強く打ち出し、参加者の皆さんには基本的には交通マナーを順守しての走行をお願いしました。

コースは体力に合わせて、125km・75km・53kmと3つの上中級向けのコースと22kmのファミリー向けのコースの合計4つに分かれています。当日は私も参加をするつもりで、事前に125kmコースの試走までしたのですが、サイクリング用の自転車が直前に故障してしまい、残念ながらスターターを務めるにとどめることとしました。スピードレーサーを目指す参加者にはやや物足りなさが残ってしまったのかもしれませんが、安城市初の一大自転車イベントが無事に終了して胸をなで下ろしています。

このイベントを機に、多くの市民の皆さんが自転車の楽しさに注目してくださることを期待しています。体に合った自転車に乗り、ヘルメットの着用をして、さらに秋の日は短いので前照灯の点検も忘れないでください。

私も自転車の修理が終わったら、清々しい秋の空気を満喫したいと思っています。自転車屋さん、早く修理をお願いします。

ツールド・じゃんだら輪開会式 市長あいさつの様子

【ツールド・じゃんだら輪開会式 市長あいさつの様子】

10月9日(火曜日)

10月の連休最終日の8日、「裕次郎の夢」と称する映画「黒部の太陽」の上映会が市民会館で開催されました。この映画会は、東日本大震災被災者の皆さんへのチャリティーを目的として開催されたもので、入場券販売の利益を被災地へお送りするものです。多くの皆さんにご入場いただき、とてもありがたく思いました。

映画は黒部峡谷にある黒四ダムの建設を描いた作品で、上映されたのは昭和43年でした。私は当時10歳でしたので、映画の存在は知っていましたが、見たことはありませんでした。

月日が流れて平成7年、阪神淡路大震災が発生しました。私は震災から1か月後の西宮市にボランティアとして出かけ、自らの危機管理能力を養う必要性を強く感じ、この震災を機に登山を始めました。中部山岳地帯が中心で、北アルプスの峰々を縦走するうちに、公共交通の中継地点として黒四ダムに足を運ぶことが増えました。

今の時代に見ても壮大な人工構築物と感じられる黒四ダム、その工事に携わった人々はどんな情熱を抱き、どんな困難を克服して建設を進められたのだろうかと考えますと、「黒部の太陽」を観たくなりました。きっとDVDがあるのだろうと思いあちこちを探しましたが、不思議とこの映画のDVDはどこにも見当たりませんでした。いろいろ調べてみますと、この映画は独特の迫力を観る人に体感してもらうため、大きな劇場以外での観賞をしてもらいたくないとの、石原裕次郎さんのご遺志があったということを知りました。

そんな訳で、私はこの映画を観ることができないのだろうと半ばあきらめていたのですが、最近になり映画の版権を持つ石原プロの発案により、日本全国縦断で東日本大震災のチャリティーとして上映されることを知りました。嬉しさのあまり自ら石原プロに電話を入れ、安城市での上映をお願いしました。たまたま地元のケーブルテレビ局KATCHさんも同じお考えをお持ちだったため、話は順調に進み今回の上映会実現に至りました。

黒部第四ダム建設の難所は、峡谷に向けて大量の資材と人を運搬するための長いトンネルの掘削にあり、フォッサマグナと呼ばれる極めて弱い地層をどう打ち抜くのかにありました。初めて見る危険な工事現場での壮絶な作業、いつ発生するか分からない事故への恐怖のため心臓が踊りました。

多くの死傷者を出しつつもトンネル工事は続けられ、その結果、巨大な発電用の黒四ダム建設が実現したことを知りました。日本の高度経済成長を実現させるため、まずは必要なエネルギー確保に向けて、多くの人が命を懸けた黒部渓谷での電源開発が進められたのです。

映画を観終わった時、東日本大震災の発生を機に石原プロがこの映画の全国巡回上映を決断された理由が分かったような気がしました。不可能としか思えない秘境での発電用巨大ダムの建設、そこには不可能を可能にするのだという意気込みに燃えた人たちの壮絶な苦闘があったという歴史的な事実です。

先進国に追いつくための戦後日本の歴史を多くの人々に再確認してもらい、険しい道のりの東日本復興実現に向けてみんなで頑張ろうという強いメッセージを、この上映会から感じることができました。会場に訪れた方々も、同じメッセージを胸に刻んで帰路につかれたことと思います。

10月1日(月曜日)

台風一過の穏やかな月曜の朝を迎えましたが、昨夜は台風17号台風の襲来を受けた形となり、民家の浸水、街路樹の倒木などの被害を心配しました。また農業地帯では稲刈りを待つ水田があり、張り替えられたばかりの農業用ビニールハウスもあります。昨夜までの段階では、被害報告は受けておりませんでしたが、市内一円で大きな被害のなかったことを願っています。

さて、月日のたつのは早いもので今日から10月、衣替えとなります。学生たちや通勤者の皆さんの服装が替わることで、町の雰囲気が一気に秋めいたような気分にさせられます。

文化の秋、読書の秋、スポーツの秋、食欲の秋…。気候のよさから秋にはいろいろな催しが開催されますが、今年は安城市制60周年という年でもあり、秋の深まるこれからの時期は特別多くの記念行事が開催されます。

それに先立ち、9月末まで岡崎で開催されていました全三河の書道百選展を拝見してきました。三河部を代表する書道家の皆さんの作品ばかりですので、お見事としか言いようがない作品ばかりでした。漢字一文字を大きく豪快に書いたもの、繊細なひらがなで綴られたものと様々でしたが、書に関しての薀蓄(うんちく)もない素人の私にも、書道家の皆さんの気迫や気持ちが伝わってくるような気がしました。

漢字は表意文字といわれ、それだけでも深い意味を持つものですが、そこに書道家の強い思いが込められると、従来とは違った表情を見せるものだということを感じさせられ帰路につきました。

書道展から家に帰る道中、私なりにあれこれ考えていたことがあります。

情報化社会といわれる現代、身近なところで文字による情報はあふれています。また、私自身もこうして文字を活用して自分自身の思いを多くの皆さんにお伝えするのですが、今やその文字のほとんどはパソコンによるものであり、手書きによる文字ではありません。そもそも私自身、自らの手で字を書くということは、何かの資料の片隅に走り書きのメモ程度に過ぎず、ほとんど字を書かなくなってしまったことに気づかされます。

そのことによって、漢字を目にした時には、視覚的にその意味を受け止めることができるのですが、いざその漢字を書こうとしますと「偏(へん)」がどうだったか、「、(てん)」があったかなかったか、文字の最後をはねるのか止めるのかなど、漢字の理解が極めてあやふやになってしまっていることを痛感し、反省させられます。

急に色紙を手渡され、市長のメッセージを書いてくださいと言われた時などは、正直なところ背中を冷や汗が流れます。電子機器の発達はその簡便さにより、おそらく私だけではなく、多くの日本人の漢字理解を浅くしてしまっているような気がしてなりません。

漢字は中国から伝えられたものであり、またひらがなはその漢字を書き崩して簡素化されたものですが、長い歴史の中で日本文化の礎(いしずえ)をなしています。よってその漢字理解が浅くなってしまっているとするなら、大げさに言えばそれは日本文化の質の低下につながってしまうのではないかと不安を覚えてしまいます。

さりとて私自身、なかなか筆を手にする時間は持てませんが、せめて書道家の皆さんの達筆な作品を拝見させていただくことで、自ら文化を考えるよき秋にしてゆこうと思いました。

書道展を観覧する市民のみなさん

【書道展を観覧する市民のみなさん】

9月24日(月曜日)

9月18日、この日は何の日でしょうか。

ほとんどの日本人にとって特別の日とは思われませんが、中国の人たちにすれは「柳条湖事件」、つまり満州事変の発端となった事件が起きた日として忘れられない日だったのです。その直前に尖閣諸島に対する日中両国の対立が起き、中国内では激しい対日デモや抗議が繰り広げられました。

私はその暴力的な行為を決して容認はしませんが、「臥薪嘗胆」のことばが生まれた中国の歴史に対する認識と、「水に流す」のことばを常用する日本との歴史認識の違いというものを、その時痛切に実感させられました。

そしてその9月18日が到来したら、中国のデモはどれほど過激なものになるのか。また尖閣諸島での日中のにらみ合いがどうなるのかと心配をしました。

私は第2次世界大戦を知らない世代ですので、実際の戦争体験というものは戦地に赴任した祖父から聞いた話や、この地で貧しい生活を強いられた祖母や両親の話を聞くのみです。

そのため「ひょっとしたら本物の戦争とは、こんな国同士の小競り合いのようなトラブルが発端だったのではないか」という不安を覚え、戦争というものを架空の話ではなく現実のものとして受け止めることとなりました。

それだけに18日当日からは、特別にニュースを注目しました。

尖閣諸島を巡る中国との交渉において、中国の軍部首脳が開戦も辞さずという意思表示をしたことで、戦争を心配した中国国民には米や塩の買い付けに走った人も多く、食品スーパーでの長蛇の列がニュースで流れました。一方、日本の民放ニュースではアイドルグループの若い女子がじゃんけん大会を開催したようすが、緊張した日中関係と並行して報じられていました。

この対照的な映像だけで、どちらの国の報道のあり方が正しいのかは、双方のマスコミと国民の意識の違いがありますので、その是非を論じることは難しいと考えます。

しかし、私の率直な実感としては、中国は国家が国民に過剰に危機感を煽り過ぎていることに問題があると思える一方、日本は国全体の危機意識が低過ぎることに問題があるのではないかと思われました。

「政治は国民を移す鏡」ということばを耳にします。日本の現在の政治がどれほどの評価に値するのかの判断は難しいとは思うのですが、国民の意識に応じた政治がその国で進められているのは間違いのない事実でしょう。国民が目先の楽しみを追い求める世相にあっては、政治は劇場化して有権者をより楽しませる方向に進みがちになると感じられます。天下泰平の平和な時代であればそれも庶民への話題提供となり、投票率が高まることを思えば、必ずしも真向から否定できるものではなかったでしょう。

しかし、時代の空気は急変し、もはや政治ショーを楽しめるのどかな時代ではなくなっていると思われます。

近いうちに国政選挙があるとのことです。これからの国政のかじ取り役にあたる方々は、確固とした外交・防衛理念をお持ちになり、特に東アジア近隣国との平和維持にご尽力いただかねばならないと考えます。

有権者の私たちがそうした政治意識を持つことで、国政を目指す方もそこに重点を置いて政策立案をいただけるものと思います。社会の動きにより敏感になり、多くの皆さんとともに時代にかなった正しい世論の形成に努めてゆくことが重要と感じられた一週間でした。

より重要性が増すこれからの選挙

【より重要性が増すこれからの選挙】

9月18日(火曜日)

17日(月曜日)が敬老の日ということもあり、先週末は敬老会の行事が続きました。

長寿社会と言われて久しい日本社会ですが、今や100歳以上の高齢者は日本全国で5万1千人を超える数にのぼり、隣接する高浜市の人口4万6千人を大きく上回る数となりました。

安城市内の100歳以上の高齢者の数は42人です。市内の小学校数は21校ですので、おおむね1小学校区に2人、100歳以上の方がおみえになるという割合になります。

今や100歳になったということだけでは、なかなかニュースにも取り上げられない時代となりましたが、見方を変えれば100歳まで生きるということは夢物語ではなくなり、ごく可能性の高いこととなったといえるのかも知れません。

高齢者の皆さまにおかれましては自らの励みとして、100歳まで元気で生きるということを目標とされ、健康管理・体力づくりに励んでいただきたいと思います。

市内最高齢者 宗近正一さんのご自宅を訪問

【市内最高齢者 宗近正一さんのご自宅を訪問】

さて時代の空気は一変し、日本の近隣諸国との外交関係が急にきな臭いものになって来たことを案じています。

日本のアジア近隣国との国境問題。これまであまりクローズアップされてきませんでしたが、最近急に大きく取り上げられることとなりました。それに関しては、常々に気にしていた課題ではあるものの、それぞれの国家相互の歴史認識の相違もあり、解決には時間を要するものと受け止めておりました。

しかし、日本国内の動向と近隣国の急な世論の高まりにより、今まさに解決を求められるような焦眉(しょうび)の問題へと発展してしまい、日本の政府はもとより近隣国に進出した日本の民間企業にとっても、ほとんど寝耳に水といった深刻な問題と化してしまっています。

これ以上問題をこじらせれば、日本国はもちろんのこと、近隣国にとっても失うものも大きいと思われます。一日も早い問題の解決を期待しています。

さて国内では、国家のリーダーを選ぶ主要政党の代表選挙が展開されています。

日本国民受けをするメッセージだけではなく、アジアの近隣国との外交問題についても、きちっとした意見を述べられる方が選ばれることを願っています。

私たち地方自治体は、外交という問題にはほとんど無力でしかないと実感します。外交こそ、まさに国政に携わる方々の取り組むべき重要なテーマなのです。

厳しい状況かと思いますが、国政のかじ取りにより、平和裏にこの国難を乗り切っていただきたいと切望いたします。

9月10日(月曜日)

週末、家で机に向かっていると懐かしい機械音が聞こえてきました。近くの水田では稲刈りが始まっているのです。力強い動力音とかすかに漂う青い藁(わら)の香りに、実りの秋が到来しつつあることを感じてしまいました。

わが家の庭にもトンボがよく見られるようになりました。残暑厳しい日々が続いていますが、秋は意外に足早に近づきつつあるような気がします。

稲刈りの様子

【稲刈りの様子】

最近は高校の体育大会を訪問しています。開会式をのぞく程度なのですが、入場行進、服装、会場アナウンスなどから、高校生のまじめさや緊張感が伝わって来ます。

そういえば過日の高校生との懇談会の話の内容、また中学生による子ども議会の質問も、お世辞抜きで子どもたちなりの一生懸命さがよく伝わってくる内容でした。

リーマンショック、東日本大震災、それらによる社会的な混乱と先行き不透明感。こうした社会的な不安は大人が抱くだけではなく、子どもたちにもそれなりに伝わっているのだろうということが、真剣な彼らの言動から感じられました。

かつて平成バブルと言われた時代、世の中の景気は絶好調で経済指標は最高値を示していましたが、社会全体が浮ついたような空気に先行き不安を感じたものです。今も景気の良し悪しがしばしば話題となりますが、仮に景気が良かったとしても人々の精神や世の中が弛緩(しかん)してしまえば、結局は社会の廃頽(はいたい)が進んでしまうだけなのではないか。そんな気がします。

さりとて今の社会を覆う重苦しい空気を容認する訳ではありませんが、「艱難(かんなん)汝を玉にす」ということばが脳裏に浮かびました。人は困難や苦労を乗り越えることによって初めて立派な人間に成長するという意味です。

私たち日本人は昨春の東日本大震災と原発事故により、新たに極めて重い艱難を背負ったと言ってよいでしょう。この重い宿命から逃げたり目を背けることなく、社会全体で乗り越えてゆく覚悟が固まれば、歳月を要するかもしれませんが、私は日本という国家そのものが優れた宝と化してゆくのではないかと思います。

現在は日本だけでなく、アメリカ、中国、韓国、いずれの国も、新たな国家リーダーの生みの苦しみに喘(あえ)いでいるという共通点があります。どこの国がいかに立派なリーダーを選べるのでしょうか。

自分たちのリーダーを簡単に使い捨てにするのではなく、選んだ国民の側がいかに心を一にしてリーダーと苦労を分かち合えるのか。新しい時代を切り拓くため、それぞれの国民の覚悟が問われる時期が到来していると考えます。

農業だけではなく、政治に関しても真の実りの秋を迎えたいものです。

9月3日(月曜日)

突然の思いつきということでもなかったのですが、JR安城駅南の旧更生病院跡地を中心とした南明治地区区画整理事業の一つの特徴として、新美南吉まちづくりができないかと数年前から考えてきました。ただ、それがまちの活性化にどうつながるかが分らなかったため、なかなか口にすることができませんでしたが、3年ほど前の国土交通省主催のある会議に招かれた時、自由懇談の場で私の思いを口にしてみました。

何気なく口にしたアイディアだったのですが、その場におられた国土交通省の若い女性課長から「安城市長さんの南吉まちづくり、とても素晴らしいと思いました」とのコメントがあり、突然のことで私は驚いてしまいました。

たぶんお世辞なのだろうと最初は本気にせず、「私の意見のどこが良かったのですか?」と問い返しました。その時、彼女から「新美南吉のごんぎつねは日本中の子どもたちが教科書で読んでいますから、もしも南吉童話をテーマにしたまちがどこかにあれば、子どもたちは必ずそのまちに行きたくなると思いますよ!」と教わり、私は自分の思いに意を強くした記憶があります。

そんなことをきっかけに安城のまちになじみの深い新美南吉をテーマにしたまちづくりを、南明治地区を軸に私の号令の下に徐々に進めてきましたが、南明治地区の皆さんも楽しんで下さり、また市議会もこの案にご理解を示され、現在はその気になっている職員らが市のプロジェクト事業として進めてくれています。また安城市民の皆さんへも、改めて童話作家の新美南吉と安城のまちの関わりについてPRを続けてきました。

その結果、打てば響くとでも言うのでしょうか。今月に入り愛知県の学校給食調理コンクールで、本市の給食調理場が「新美南吉さんの思いをこめて」というメニューで最優秀賞を受賞してくれました。また童話「花の木村と盗人たち」の絵本をお描きになった「さいとうよしみ」さんが、その原画を安城市にご寄贈下さるという嬉しい出来事もありました。

さいとうよしみ氏 原画寄贈の様子

【さいとうよしみ氏 原画寄贈の様子】

「市長が言い出したから仕方なしに…」という気のない話では盛り上がりに欠けますが、「言い出したのは市長だけど面白そうだから…」となれば、次々にさまざまな人たちの面白い動きへとつながるものだと知りました。

市の取り組みとしては、これから南吉童話の巨大壁画を描いてゆきます。サプライズの話題にしたいので詳細をお知らせできませんが、多くの皆さんに楽しんでもらえることと期待しています。

新美南吉まちづくり、今後も精力的に進めてゆきたいと思います。どうかこれをお読みの皆さんも、面白いアイディアなどをご提供下さいますようにお願いいたします。

 

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