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更新日:2013年6月20日

2012年1月から3月

3月26日(月曜日) 

先週末、新年度に向けた安城市役所職員の人事異動内示を行いました。新たな職場へ変わることで顔をほころばせる職員もいれば、一方で顔を曇らせた職員もいたのかも知れません。いずれにしてもそれぞれ気分一転、4月から頑張ってもらいたいと思います。

またこの春、定年退職を迎えた職員の多くが約40年間、安城市発展のために頑張ってくれました。人生の大半の時間を市政に捧げてくれたことに感謝申し上げたいと思います。本当にご苦労さまでした。

自分が関わった仕事によって生み出されたまちの風景や社会制度の価値を一市民として再確認できる時、自身の公務員生活の意義を実感できるのではないかと思います。公務員としてのやりがい生きがいというものは、そうしたところにあるのではないかと考えます。

去りゆくベテラン職員がいる一方、来週からは新入職員が職場に入ります。新しく市職員となる彼らは、今頃どんな気持ちでいるのでしょうか。よき伝統を継承し、新たな本市の歴史を構築してくれることに期待しています。

 

最近、東日本大震災のがれき処理の協力をどうするかが社会問題としてクローズアップされ、安城市はどうするのかという問いが寄せられます。

被災地のがれき処理で最も大きな不安材料は、放射能濃度が高くなる可能性のある焼却灰の処理にあると考えています。現在、安城市内のごみを焼却した灰の全ては、市内で最終処分をすることができないため市外の専門処理施設で処分をしてもらっています。その大部分は衣浦湾にある愛知県の外郭団体の運営する処理場に頼っているため、本市単独の意思で被災がれきの受け入れをすることは困難な状況にあります。

また仮に県施設で焼却灰の受け入れ態勢が整ったとしても、それを焼却するクリーンセンターがある地元に暮らす方々の理解を得ることが必要となるのはいうまでもありません。受け入れに至るまでにはいくつもの課題が残されていますが、多くの市民の皆さんに納得いただく形で被災地への協力ができるよう、私たちなりに頑張りたいと思っています。

3月19日(月曜日)

17日の土曜日、雨の降る一日でしたが、この日、デンパーク園内の北エリアがリニューアルオープンしました。過去、このエリアは市民農園として利用されていましたが、農園を別の場所に移したことから、多くの方々に楽しんでいただく「四季の花木園」として改修を行ってきました。

デンパークは平成9年に開園以来、15年間にわたり多くの皆さんにご入園をいただき、入園者の累計ですでに800万人を超しています。これまでご入園いただいた皆さんに感謝申し上げ、また今後は一層のサービスアップを図りお客さまをお迎えできますようスタッフ一同で頑張る所存ですので、今後ともデンパークを引き続きよろしくお願い申し上げます。

 

さて市議会は先週、議案の常任委員会での審議が終わり、閉会を待つばかりとなりました。ようやく肩の荷が下りたと同時に、いくらか時間の余裕も生まれましたので、久々に映画を観に出かけました。

タイトルは「The IRON LADY(鉄の女)」で、元イギリス首相のサッチャーの生涯を描いたものです。戦後間もない時代、理想を抱いた若き日のサッチャーが、保守的で男性中心のイギリス政治に挑みます。激しい政治的な論戦の一方、舞台裏では落としどころを探り合う男性同士の妥協の政治により、いずれの政策も中途半端になり、産業は斜陽化し庶民の暮らしは貧しくなるばかりでした。

一切の妥協を排した政治を理想とするサッチャーは、紆余曲折の末に首相に就くと命がけで信念を貫き、社会のしがらみを抱え過ぎた男性らには真似できないような改革を断行します。厳しい行革に反発した暴動に近い流血のデモ、また要人暗殺を狙った連続テロなど、自らも命の危険にさらされながらの国政運営が続きます。またフォークランド紛争というアルゼンチンとの戦争も受けて立ち、多くの兵士を犠牲にしましたが劇的勝利を獲得します。

歴史に残る大きな功績の反面、独裁にも似た政治姿勢に側近の離反が起き、やがてサッチャー政権はその幕を閉じます。

 

凄惨なシーンも、それが作り話ではなく歴史的な事実だけに、サッチャーの決断と苦悩の重さはひしひしと観る側に伝わってきます。あの気迫に満ちた決断が国家の存亡を賭けた政治なら、自らも含めた今の日本政治を一体どう表現すればよいのだろうかと、反省させられ深く考えさせられる内容でした。政治家必見の価値ある映画に感じられました。

3月12日(月曜日)

東日本大震災から早くも1年が過ぎました。死者・行方不明者は、合わせて1万9千人を超えるようです。亡くなられた皆さま方のご冥福を心よりお祈り申し上げます。また今なお避難や転居生活を送っている方の数は、34万4千人もおいでになると言われています。一日も早い被災地の復旧・復興もご祈念申し上げます。

昨年の発災以降、安城市として義援金や支援物資を被災地に送り、また市職員を被災地に送るなど可能な限りの被災地支援を続けてきました。現在も、液状化被害の甚大な都市で市職員土木技術の者4名が、現地で頑張ってくれています。次年度以降も、こうした支援活動を継続してゆかねばと考えています。

 

被災から1年が経過し、被災地支援も現地へお金や物を送るといった初期の段階から、被災者の方々が前向きに生きてゆこうという気持ちになるような精神的な支援へ切り替える段階になっているのではないかと思われます。実際、被災地隣接の町で支援活動をしておられる岩手県のある町長さんにお会いした時、「これ以上のお金や物による支援は、被災者の自立心を損ないかねないと感じる」という率直なご意見をお聞きしました。

過日、2つの全国大会で最優秀賞に評価された作野小マーチングバンド部が、マーチングでお付き合いのあった福島県南相馬市の小学校を訪問し、激励の演奏をして来てくれました。その様子は新聞やテレビで放映をされましたので皆さんもご存知のことと思いますが、彼らの活躍に象徴されますように、これからの被災地支援はお金や物の提供から、被災者の方々の精神的な支援に重点を置くべきと考えています。

 

そんな思いでまとめた新年度予算の中に、被災地復興支援のための交流補助制度を織り込みました。市議会で承認いただければ、音楽・スポーツ・地域振興など、市内団体の皆さんに被災地に出かけていただく際の市からの補助が実現します。

多くの市民の皆さんに、実り多き被災地支援にご参加いただけることを願っています。

3月5日(月曜日) 

いよいよ3月に入り、桃の節句も過ぎました。時には春の訪れが感じられ、心がうきうきし出すのがこの季節なのですが、3月11日が近づいて来るせいもあり、なかなか晴れ晴れとした気分になれない春となってしまいました。

昨年の東日本大震災により被害を受けられた地域の皆さまに、改めて心よりお見舞い申し上げます。災害復旧に、未だ見通しが立っていない町が多くあるとお聞きします。1日も早い復旧・復興も重ねて心よりご祈念申し上げます。

 

さて、今週中には中学校の卒業式があります。中学生活が充実していた生徒もいれば、あまり冴えなかったと感じている生徒もいることでしょうが、大半の生徒にとっては概ね平々凡々な中学生活といったところなのでしょうか。

しかし、どんなに平凡な中学生活であっても、復興ままならぬ被災地の中学生からは、羨むほどの幸せな3年間に見えることでしょう。安城の地で穏やかに3年間の中学生活を送ることができ、心身とも健やかに成長できたわが身を幸せと感じられる感性を大切にしてもらいたいと思います。

そして被災地に思いを馳せて、幸せ一杯の3年間を過ごせた自分に、どんな被災地支援ができるかを自問自答してもらいたいものです。

 

安城市ご出身のピアニスト後藤正孝さんは、ピアニストとしての社会貢献を考えた末、昨年4月にオランダで開催された国際ピアノコンクールで優勝を果たされ、日本に明るい話題を伝えてくれました。また、なでしこジャパンの女子サッカー選手たちは、自分たちが打ち込んできたサッカーを通じて、昨年6月に日本全国へ大きな感動と希望を与えてくれました。

そして今週、昨年2つの全国大会で最優秀に評価された作野小学校のマーチングバンド部が、福島県南相馬市に出かけ、被災地の児童たちの前で精一杯の演奏をしてきてくれます。

 

子どもも大人もまた中学生でも、立場や特技を生かした被災地支援や社会貢献の方法があると思われます。もしも、それがまだ見当たらない中学校卒業生が多くおいでなら、君たちは今からそうした立場を目指され、また特技を身に付けられるよう努力されることを切望します。これを今年の卒業生へのはなむけの言葉としたいと思います。

2月27日(月曜日)

先週は、光栄ながらも冷や汗を流す瞬間が2度ほどあり、地方自治体のトップとして誰から注目されても恥ずかしくない態度で市政運営に努めねばならないと、改めて強く再認識をさせられました。

 

先週半ば、愛知教育大学の「キャリア支援セミナー」で、公務員への就職を希望する学生たちを対象に、安城市政を通じた地方公務員の仕事についての講演をしました。春休み中なので集まった学生は愛教大だけでなく、他の大学からも聴講に来ていたようでした。さらに学長・副学長の両先生方もお忙しいにもかかわらず、最初から最後まで1時間半の私の話をお聞き下さったため、冷や汗が流れるやら恐縮するやらの緊張気味の講演となりました。

講演が終わった後の質問は、あまり出て来ないのではないかと想像していましたが、ポツリまたポツリと予想外に質問が続き、今の若者たちの素朴な感性や大学内の空気に直接触れることができました。こちらもよい勉強になり、また若い学生らから元気をもらったような気がしました。

愛知教育大学と安城市は包括協定を締結しており、教育・研究、文化などの発展と人材育成に寄与することで合意をしています。今回はその一環としての活動で、大学に対していくらかでも貢献できたとすれば、私としては本望です。

 

また先週、市の図書館から急な連絡が入り、私がホームページに掲載していたアメリカの図書館視察の報告書が、国立国会図書館のホームページで紹介されていたことを知りました。事前に国会図書館から連絡があった訳ではないので、とても驚き、光栄に存ずるとともに、恐縮してまたも冷や汗が流れました。

とりあえず一読に値する報告書と、国会図書館側に認めていただけたのでしょう。本当に、汗でした…(-_-;)。

日本の図書館を取り巻く環境も、アメリカ同様に電子書籍化やIT化により大きく変わろうとしつつあるものの、どこの図書館も新たな変化にどう対応すべきかに戸惑い、悩み続けているものと思われます。それだけにアメリカ図書館のIT化への挑戦をお知らせした私の報告書に注目が集まったものと、そう想像をしています。

厳しい財政状況下です。そんな中、アメリカ視察に出かけて学ばせていただいたことが広く社会のお役に立ち、価値のより大きな視察となったことを喜んでいます。全国の図書館関係者から注目されている以上、市街地再開発と併せて大きな成果を生み出せる全国のモデル図書館を目指さねばと、自らを鼓舞しています。

2月20日(月曜日) 

最近、思いもよらぬ急な上京が増えてきました。3月定例市議会を目前にして全国市長会の緊急会議が、頻繁に開催されるようになったためです。急かつ頻繁な会議の招集は、大阪市の橋下市長が提唱されている「大阪都構想」が各主要政党に注目され始め、国会議員の方々の間で都市制度が話題になり始めたことに端を発しています。

 

今後、もしも国主導で地方自治や都市制度のあり方を変えるような動きになれば、地方分権どころか新たな中央集権への起点となりかねず、これまで全国市長会を中心に地方分権に向けた議論を重ねてきた歴史が水泡に帰してしまいます。そのためには全国市長会として新たな都市制度のあり方を議論し、一定の意思統一を図っておく必要があることから、全国市長会役員会への出席要請が増加してきているのです。

しかしながら当地域の「中京都」も含めて、全国には複数の都構想が生まれつつあり、しかもそれぞれが強い独自色を持つために、今のところ統一性があるようには見受けられません。それだけに今はどこの地域にどんな都構想があるのか、またそれらにはどんな特色があるのかを勉強し始めた段階です。

 

またこの他にも、国家全体の大きな行革の流れとして「国の出先機関のあり方」についての議論も進みつつあります。基本的には国、都道府県、市町村の3層の行政構造で補完し合いながら国民生活を守ってゆくのが理想なのですが、一部に多重の行政構造となっている面があるように思われ、その解消が急がれます。

大きな災害が発生した場合、国の出先機関が被災現場の近くにあることがありがたいという声が、東日本大震災被災地の市長さんらから聞かれ、それはそれで理解できるのですが、「平時」も「非常時」も同規模の体制や装備が必要とされるのかどうか。そこが論点となりましょう。

国家財政の危機を迎えている今、いつまでも結論を先送りにすべきではない問題と考えますが、全国的な意思統一の難しい難問の一つです。

2月13日(月曜日) 

暦の上では立春を迎えたものの、朝夕の冷え込みが厳しい日々が続きます。誠に残念なことですが、最近、志半ばにしてお亡くなりになられる方が続いてしまいました。

 

先週、尾張旭市の谷口市長さんの葬儀に参列しました。今年度、私は愛知県市長会の会長を務めていますが、尾張部代表の副会長として谷口市長さんを頼りにしておりましたので本当に残念でした。近親の方々よる弔辞を通じて、故人の生い立ちや、青雲の志を立てた経緯をお聞きし、市長という立場とは別の谷口さんの素顔を知りました。

また1月下旬、市内に本社を置くアイシンAWの石川社長さんが急逝されました。私が訃報を耳にしたのはアメリカ視察の最中で、驚きの余り言葉を失ってしまいました。大手企業の現役社長がお亡くなりになられ、社内はさぞかし困惑されたことかとご推察申し上げます。社員の皆さんが一丸となって、緊急事態を乗り切っていただきたいと願います。

お二方ともに60歳代と、まだまだご活躍いただける年代だっただけに、本当に惜しいとしか言いようがありません。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 

社会の激変が続きます。政治・経済などの分野を問わず、この時代にトップにお立ちになる方々のストレスは大変なものだと、私自身もわが身を顧みてしみじみそう感じております。そんな訳で仕事上の成果もさることながら、激務の中で自らの健康管理をどうするかも、重要な課題と痛感させられます。

運命的な要素もあり避けられないのが病ですが、それでも可能な限りの自己管理に努め、最悪の事態を回避できればと願います。家族のために、また周囲の方々のために、そして社会的な重責を担う方は社会のために。

学生時代に読んだ小説の中に、常に遺書を懐に忍ばせてひたむきに生きる人物がいたことをふと思い出しました。あの主人公のように「日々是好日」の気持ちで生きねばならないと、改めてそう考えさせられました。

2月6日(月曜日) 

この1週間はアメリカ視察での時差ぼけを修正しつつ、山積した決裁の処理や諸行事に追われ、かつ市議会への新年度予算案の事前説明に暮れてしまいました。

ようやく土・日の時間を活用する形で、アメリカへの行政視察で見聞きした事柄を報告書にまとめました。この視察報告は、20日更新の「今月のメッセージ」で公表させていただきますので楽しみにお待ちください。

 

さて私のもとに某大学の学生を対象に、地方自治の基本や地方公務員の現実について教えていただきたいとのご依頼が入り、今月半ば過ぎに教壇に立つこととなりました。若者を相手に話す機会は、新成人対象の成人式か、市役所の新入職員への講話くらいで、いずれも市の行事ばかりです。大学での講演は、私にとって新たな挑戦となります。

未来を担う若人への期待の反面、どこまで理解してもらえるのかという不安も抱えながら、講演の準備を進めています。

 

 

日本政治の危機を憂いて、政治塾を創設する動きが活発化しています。私はこうした若い人たちへの語りかけの場を大切にして、私なりの次世代育成を図ってゆきたいと考えています。

 

1月30日(月曜日) 

アメリカでの1週間の視察を終え、昨日の夜、無事に帰国しました。訪問した都市は東海岸のニューヨーク市、フィラデルフィア市、ピッツバーグ市の3市で、図書館のITへの対応、ニューディール政策で作られた都市施設、市街地の空洞化対策などです。日本とは歴史も社会的な背景も大きく異なりますが、それぞれの町がさまざまな視点から意欲的に都市問題の解決に取り組む姿勢に感心させられました。

ニューヨークでの911テロ、リーマンショック、そして先日まで行われていた大規模なデモ行為など、最近のアメリカからはマイナス・イメージのニュースが多いのですが、訪問した3つの都市には日本には見られない活力が感じられ、苦しみながらも前に進もうとしている大国に新しい可能性の息吹を感じました。

詳しくは20日に更新する「今月のメッセージ」で報告しますが、明日を担う若者の動きが社会の空気を大きく左右するように思われます。アメリカの大学生たちは死にもの狂いで猛勉強をしています。また一律に企業就職を求めるのではなく、大学での学びを基に新たな起業をする人たちも多いようで、それを支援する社会的な制度も確立されていました。

今回のアメリカ訪問で感じたのは、新たな挑戦で活路を見い出そうとする社会の空気でした。私たちの地域で、社会の底力をどう発揮させてゆくのか。それが私に課せられたテーマだという認識を持って帰国しました。

1月23日(月曜日)

電子書籍が普及した社会における図書館の役割を視察するため、22日にアメリカに発ちました。これをお読みいただく頃は、海の向こうにいることと思います。

安城市の中央図書館は、昭和60年に現在の城南町に建設されました。当時としては大変に立派な建物で、自慢の図書館でした。しかし、27年の歳月が流れ、その間には出版ブームもあり、35万冊という蔵書能力の中央図書館には、今44万冊もの書物が収められ、収納スペースの不足により長期的な運営計画が立てられなくなりつつあります。

一方、区画整理が進む更生病院跡地へは、集客性の高い拠点施設を官民の共同事業として建設し、かつての賑わいを再生させる構想があります。安城市としては公的な施設として図書館をここに移し、充実した図書サービスを進めてゆく計画を持っていますが、その実現にはいくつかの課題があります。

 

最も頭を悩ませてきた課題は、書籍の電子化の流れです。間もなく日本にも電子書籍の時代が到来すると見込まれます。その新しい時代に、図書館の社会的な役割がどう変化をするのかという課題の答えは、未だ電子書籍が普及していない日本の中では見出せないと痛感しています。

しかし欧米、特にアメリカでは電子端末の普及が進み、書籍は紙ベースから電子化へと移行が進んでいると、数年前からマスコミに報じられています。日本では著作権の問題が整理しきれていないため、現段階では電子書籍はブーム化していない状況ですが、近い将来、状況は大きく変わってゆく可能性が高いと考えられます。

 

一足先に電子書籍が普及したアメリカ社会で、図書館の役割はどう変わったのか。それをこの目でしっかり見て、長期展望に立った安城駅周辺のまちづくりと都市施設の整備を考えてゆきます。よい報告ができたらと願っています。

1月16日(月曜日) 

今年に入り、ある金融機関主催の懇親会に出席するに当たって、なにか明るい話題がないかと考え、いろいろな資料を見ていたところ、「安城の統計」という小冊子の中に興味深い数字を見つけました。それは安城市内の各金融機関の保有する預金残高が、平成22年に過去最高の約1兆1千億円を超えたというものです。

これは大変な金額です。安城市の予算規模は近年、約570億円前後です。よって1兆1千億円からすれば、わずか5%程度の金額に過ぎないということになります。景気の低迷期には、経済活性化策として公共投資の重要性が喧伝(けんでん)されますが、公共投資の果たす役割は景気の呼び水としての役割と受け止めるべきでしょう。真の活力再生の源は、金融機関の中で眠っているという現実に目を向けるべきです。

 

私は経済の専門家ではありませんが、それでも何かのヒントを見出せればと、市役所の隣にある市民会館を時々観察しています。この年末年始に市民会館大ホール1,200席が満席となった催しは、落語家の三遊亭円楽さんと林家たい平さんによる二人会、また100歳の名医・日野原重明先生によるご講演、さらに安城市ご出身のピアニスト後藤正孝さんのリサイタルです。

この時代に市民の皆さんに関心の高いテーマは、「笑い」と「健康」と「音楽」のようです。言い換えれば「心の癒し」と「健康長寿」を切望する方が多いということなのでしょう。こうした地域住民のニーズに応えられる質の高いサービスや商品を提供できれば、この地域経済を取り巻く空気は大きく変わってゆくような気がします。

 

今年は安城市制60周年という節目の年です。春以降に開催予定の楽しく意義のある周年記念事業を通じて、地域に活力が再生されることを目指したいと思っています。

1月10日(火曜日) 

9日、デンパーク水のステージにて成人式を無事に終えました。例年、全国各地で荒れる成人式も報道されますが、安城市ではまずまず良識的な式典が行われました。

とはいえ今から3年前、実は私の娘が出席していた成人式でしたが、天候の関係でデンパーク温室園内にて急ごしらえのステージを設け式典を実施したところ、羽織袴のやんちゃな男子数名が、演台前で羽目を外した大はしゃぎを始めてしまったことがありました。やむなくあいさつ中の私がマイクを通じた大声で一喝したところ、意外に素直に退散してくれたという思い出があります。

お祝い気分で大きな歓声を上げたとか、集団で調子に乗って騒ぎ過ぎたとか、おそらく一人一人の若者と話をすれば、基本的なマナーを知らないためのケースが大半のように思われます。もちろん飲酒もそれを助長しますが、一部の悪ふざけで若者全体が異常行動に走るかのような報道も、やや包容力に欠けるような気がします。

突飛な行動をする若者を突き放すのではなく、きちっと話をしてあげれば、案外分かってくれるのではないかと私はそう思っています。今の成人の親世代も、かつては酒の勢いでずいぶん派手な騒ぎを起こした話を耳にしたことがあります。今も昔も若者気質に大きな差はないのでしょう。

 

東日本大震災の被災地へ、多くの若者が支援に出かけてくれています。風采やファッションは、我々から見ればやや異様に感じられる者もいますが、困った人がいれば手を差し伸べに出かける日本の人情はすたれていません。今も昔も、若者は時代の最先端を走っているのでしょう。

私は異様なファッションは支持しませんが、若者たちの頑張りには大きな期待を寄せています。

 1月2日(月曜日)

年末に映画「山本五十六」を鑑賞しました。時代は約80年前、世界恐慌の余波にあえぐ日本では、先進諸国の横暴な外交により経済の見通しが立たなくなりました。経済の閉そく感打破のために、戦争の必要性が語られ始めます。主人公の山本五十六は国際情勢に明るい知将とされ、資源小国の日本が戦争に突入してゆくことの無謀さを、軍部の中で説き続けていました。

日清・日露・第1次大戦と勝ち続けた歴史から、向かうところ敵なしの幻想が広まり、国民の間でも景気回復の呼び水的な戦争の期待が高まります。また、当時のアメリカ外交に憤慨したマスコミも、開戦に向かう世論を扇動していった様子が描かれていました。

多勢に無勢、好戦的な軍隊幹部が多い中、山本五十六もついに軍人として結末の見えない戦争の指揮を執ることとなり、やがて不幸な結果を迎えます。

 

翻って現代、リーマンショックを契機とする世界同時不況、経済大国や資源大国の圧力など、時代が変わっても歴史は繰り返されているように思えてなりません。しかし、現在の日本には軍隊がなく、仮に無謀な戦いを望む声が起きても、それを実現する術はありません。

にもかかわらず、恐ろしい戦争を選択した訳でもないのに、映画の戦後の焼け野原は東日本大震災の被災地に重なり、日本が今、あたかも第2の敗戦期を迎えているかのような錯覚に陥ってしまいました。

 

戦禍による焼け野原、その失意の中から日本人は立ち直り、やがて世界の経済大国の一員となりました。私たちに今必要なことは、東日本大震災など被災地の現実を直視し、日本人として何ができるかを一人一人が真剣に考え、行動に移すことではないでしょうか。過去の歴史を振り返れば、日本は国民が一丸となった時、大きな力を発揮してきたことが分かります。

国民が団結しようとする時、国家のリーダーが国民にどんな目標とする国家像を示せるかが問われます。現代日本の抱える問題は、映画より複雑かつ深刻に思われますが、強い意志を持つリーダーと国民の協力により、問題を超克するしかないと感じました。実りのある1年にしたいと願います。

 

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