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更新日:2017年4月25日

月曜日のひとこと

週末にあったイベントの感想や今週の見通しなど、ちょっとしたコメントを書いています。

2017年

4月24日(月曜日)

新年度を迎え、各種団体の総会が続いています。いろいろな団体から総会のご案内がありますが、可能な限り時間の都合をつけて出席することとしています。本年は「市制65周年」の節目の年度であり、また「アンフォーレのオープン」もあと1か月少々となってきましたので、あいさつの内容はどうしてもそうした話題が中心になりがちです。最近のあいさつの要旨は、概ね以下の通りです。

 

「本年は、安城市制65周年に当たっており、これから周年をお祝いするさまざまな記念イベント等が開催されます。中でも特に更生病院跡地で、長年建設を進めてまいりましたアンフォーレが、6月1日のオープンを控えており、オープンと同時に地域の大きな話題になるものと期待しています。このアンフォーレという名称は、安城市のアンと森を意味するフランス語のフォーレを組み合わせた造語で、公募によって選ばれました。本市の新しい文化の森となりますことを願っています。

そのアンフォーレの中核的な施設は、主要交差点に面した図書情報館です。この新しい図書施設を「図書館」と呼ばずに、あえて「図書情報館」としていますのは、膨大な紙ベースの情報だけではなく、最新のデジタル情報も提供することを意識してのことです。館内にあるホールの壁はガラス張りになっており、ご来館の皆さんがホール内外で一緒になって催し物を楽しめます。さらにアンフォーレ敷地の西側は、多目的広場となっており、週末ごとにさまざまなイベントを開催することができます…。」

アンフォーレエントランス

【アンフォーレエントランス】

最近のあいさつは代わりばえがしないかなと自覚しつつも、いよいよ長年の課題でありました更生病院跡地のアンフォーレ本体は完成し、周辺整備も進んでまいりました。私自身も図書情報館のオープン準備は気になり、時々館内に入るのですが、いつも図書館員らが忙しそうに本の整理をしています。またイベントを担当する関係者も打合せ等のために出入りしており、徐々に開館が迫っていることを実感させられます。

また、アンフォーレ建設と並行して進めてきました立体駐車場や商業施設、さらに周辺の都市基盤整備など、多くの皆さんのご来訪準備もそろそろ仕上げの段階に入っています。こうした都市施設の一体的な整備によって、このエリアの魅力は大幅に増すものと思われ、新たなにぎわいのスポットになるものと期待しております。オープンまでの準備や仕上げを迫られる関係者もおいでかと思いますが、新たな未来像に向けた仕事にはやりがいを感じておいでではないかと想像しています。

アンフォーレ界隈

【アンフォーレ界隈】

更生病院が現在の地に移転して15年目となります。アンフォーレを見上げ、どんな具合かと気にしておられるのは、仕事の関係者だけではなく、地元の皆さんも同様かと思います。関係者と地元の皆さん、そして利用される多くの市民の期待や気持ちが一つになれば、きっと喜んでいただける施設になるものと気持ちは弾みます。

4月17日(月曜日)

12日(水曜日)、全国市長会の会議に出席するために上京しました。全国市長会のほとんどの会議は、事務局がある千代田区麹町(こうじまち)の全国都市会館を中心に開催されますが、この場所は近隣に国会議事堂や主要政党の本部がある永田町、また国会をはさんだ向かい側には官庁街の霞ヶ関があるので、政治家や官僚の皆さんと情報交換を図るのに大変便利です。そんな訳で、市長会の会議終了後には、全国市長会としての要請活動や、市長としての公務で、この界隈を回ることがしばしばあります。

この日は会議終了後、国土交通省を訪問し、本市の都市整備事業へのご協力のお礼に回りました。市内では南明治地区と桜井地区で、それぞれ区画整理事業が行われています。いずれも事業は順調に進められていますが、特に南明治地区内ではアンフォーレが完成間近となってきており、国から十分な補助金をいただけたことに感謝しています。お骨折りやご配慮くださった担当の皆さんに、区画整理事業の進捗とアンフォーレ周辺の整備状況をお伝えし、御礼申し上げました。

市内で都市開発が進み、新たな都市施設や市街地が整備されれば、私たち安城市側が嬉しいのはもちろんですが、この日対応くださった国交省の皆さんも笑みを浮かべておられました。お聞きするところでは、「最近はまちが寂(さび)れたとか、人口がますます減少したとか、地方都市に関しては心が暗くなるようなご相談をお聞きするばかりでしたので、久々に明るい話題を耳にすることができ、私たちも本当に嬉しく思いました」とのお話でした。

少子高齢化の流れはとどまることなく、地方財政の民生費に充てられる割合は増加の一途です。都市の活力再生や未来に向けての新規投資をしたいけど、財政余力がなくなりそれができないということなのでしょうか。

本市も高齢化率は上昇を続け、20%に達しました。高齢化率が21%に達した社会は「超高齢社会」と定義づけられており、私たちのまちもそろそろ超高齢社会に突入をするものの、日本の全国平均の27%と比較すれば、まだまだ若い活力に満ちたまちと言えるのでしょう。日本経済の原動力の源はここにありという気概を持ち、本市のよき社会的な発展や好循環が末永く続いてゆくように、未来を見据えた社会投資を継続してまいります。

皇居周辺の桜は満開で、官庁街も春爛漫といった感がありました。私たちの報告により、国交省でお会いした職員の皆さんの気持ちも晴れやかになったのであれば、訪問した甲斐があるというものです。今度もまた、官僚の皆さんを元気づけられるような話題を持って上京したいと考えています。

皇居から国交省を臨む様子

【皇居から国交省を臨む】

4月10日(月曜日)

別れの3月末から、出会いの4月に転じました。退職者との別れを惜しむ間もなく、未来を担う新人たちと向かい合うこととなります。舞台のどんでん返しのような環境変化ですが、それでも新規採用の若い職員らの目の前に立てば、瞬時に気持ちのスイッチが切り替わるのが不思議です。

新人たちへの第一声は何にしようか、また新たに昇進した管理職へはどんな訓示を述べようかなど、この季節、組織のトップに立つ方々は、官民問わずあれこれ思いを巡られておられることでしょう。長舌にならぬ一定の時間内で、自らの信念や考えをいかに的確に伝えられるかが問われます。

安城市長として在職15回目の春を迎えましたが、今もなお「あいさつは難しい」というのが、私の率直な実感です。頭の痛い季節はまだしばらく続きそうです。

さて先週後半から、この地域の桜も見ごろとなりました。4日(火曜日)は天気が穏やかで、文化センターでの行事を終えて市役所へ戻る途上、安城公園を歩いてみました。まだこの時点では5分咲きといった桜でしたが、お天気に誘われて待ちきれない人たちが園内に集われ、それぞれ楽しい時間を過ごしておられました。温和な気候と美しい花に囲まれ、皆さんそれぞれにこやかで、平和のありがたさというものを実感できました。

 4月8日現在の安城公園の様子

【4月8日現在の安城公園の様子】

ところが、内乱が続く中東のシリアでは、こうした日本の春景とは異次元の緊迫した春が到来していたようでした。現地時間の同日(4日)、シリア国内で化学兵器を使ったとされる空爆が行われ、多くの方が亡くなられていました。こうした暴挙に対して、6日、今度はアメリカがシリアの空軍基地へミサイル攻撃を仕掛けるという軍事行動をとりました。しかもこの日は、中国の国家主席がアメリカ大統領を訪問しているさ中であり、米中の外交関係や朝鮮半島の情勢にも大きな影響が及ぶものと考えられます。

シリアでの緊急事態に関わる情報は限られており、事の是非を正確に判断することはできません。しかし、双方いずれの軍事行動も、国連の調査や承認を経ておらず、国際的な合意が持たれないまま、いきなり戦闘状態に突入したようです。アメリカの軍事行動は、正義の鉄拳とされているようですが、かつてのイラク戦争のような事実誤認はなかったのでしょうか。仮に誤認がなかったとされても、一体だれがそれを公的に認定できるのでしょうか。

この先の国際情勢は読めませんが、米中露といった世界に大きな影響を及ぼす国々の外交関係は不穏に転じ、朝鮮半島など東アジアの緊張もより高まることでしょう。またシリアから新たな難民が発生すれば、EU各国の難民排斥運動や極右勢力の伸長など、再びEU圏域に政治的な混乱が生じる可能性があります。

 

私たちは今、歴史的な転機に立たされていると自覚すべきでしょう。現時点から、世界は、また私たちの日本は、どこへ向かおうとしているのでしょうか。桜花を愛でていられる平穏な春が、来年も再来年も続いてくれることを心から祈るばかりです。

4月3日(月曜日)

先週末には、桜の開花を目当てに開催された催しがいくつかありましたが、いずれも今年は当てが外れてしまった形で、ようやく本日(3日)にちらほら開花し始めたといったところでしょうか。今年の東京の開花宣言は3月21日だっただけに、全国的に多くの方々が早めの開花を心待ちにされていたことでしょう。私もその1人でしたので肩透かしを食らわされた気分でした。特に2日(日曜日)は穏やかな快晴だっただけに、春の日差しの中、枯れ木のようなソメイヨシノを恨めしく見上げました。

本年の桜まつりは、3月18日(土曜日)~4月12日(水曜日)の開催とされています。例年の桜の名所は、安城公園(桜町)、城山公園(桜井町)、日の出公園(日の出町)としていましたが、本年からデンパーク脇の半場川沿いもお薦めの名所の1つに加えられました。

 

デンパーク西の半場川沿いの桜並木は、平成21年春にNPO「いのちの森づくり実行委員会」のお世話で、多くの方々が2年がかりで植樹して下さったもので、私も参加し植樹した記憶があります。植えられた桜の品種は「陽光」という新品種で、ごく一般的なソメイヨシノよりも早咲きで、こちらはすでにかなり開花しているようです。花弁のピンク色が濃く、遠くからでも鮮やかな色合いに見えます。また桜の植樹の翌年には、根元にユキヤナギが植えられ、ちょうどこの季節にはピンクと白のあでやかなツートンカラーの景観が続きます。

そして本年3月末には、安城ライオンズクラブの皆さんが、結成55周年を記念して、半場川沿いのデンパーク側フェンスに65基もの雪洞(ぼんぼり)をご寄贈下さり、現在は夜桜もお楽しみいただけるようになっています。まだ多くの方に桜の名所として周知されていないのか、あまり人影を見ないのが惜しいのですが、春の風景を独り占めしてみたい方には、またとない穴場なのかも知れません。ぜひ1度お出かけください。

 デンパーク西の半端川沿いの桜並木の様子

【デンパーク西の半場川沿いの桜並木の様子】

 

3月31日には、年度末の退職辞令交付式があり、多くの退職者を見送りました。40年近く市役所に奉職してくれた職員一人ひとりに、語り尽くせないほどの思い出があることでしょう。

政治家は選挙を意識してか、とかく「あの事業は私が実現した」と手柄話を口にしたがるものですが、よくよく考えてみればその時々の担当職員らが実務を担い、地道な事務手続きを進めてくれたことにより実現したものと言うべきなのでしょう。もちろんそこには市の業務を請け負った民間業者もあり、現場の仕事はさらに別の事業者が担ってくれた場合もあります。構想を語る人、具体的な事業にまとめる人、そして現場で実務に携わる人、そうしたさまざまな人と人とのかかわりの中で、いくつものプロジェクト事業が進められてきました。

退職した職員らは、そうした多くの人と人との調整に奔走し、さまざまな書類づくりに追われ、長い公務員生活の中でさまざまな自身の宝物のような思い出を胸に、職場を去って行ったことでしょう。民間企業も含め、この春、退職を迎えられた皆さん方の第二の人生に幸多きことを心よりご祈念申し上げます。

3月27日(月曜日)

先週23日(木曜日)、市立保育園の卒園式があり、私はあけぼの保育園卒園式に出席しました。先々週の幼稚園の卒園式では泣く子は見られなかったため、「卒園児たちは卒園そのものの意味がよく飲み込めていないのでしょう」などとお伝えしましたが、保育園卒園式では何人かの子が泣いているのに気がつきました。

この違いは何なのだろうと私なりに考えてみました。保育園の方が幼稚園より年間の在園日数・時間ともに長く、また子どもによっては低年齢児の頃から長年通園した子もいることでしょう。保育園と幼稚園、同年齢の園児同士でも、園や保育士に対する愛着の度合いが違うのかと想像しました。

就学前の子どもたちも卒園の意味は飲み込めており、卒園式では個々の園児の感情が表情や態度に出るものなのだということを改めて確認できました。わが家には幼児がおらず、幼い子どもの心の成長が分からなくなってしまいましたが、幼稚園、保育園それぞれの卒園式に出席してみて、私自身の貴重な学びをさせてもらえました。

 

さて先週24日(金曜日)夜には、安城市消防団が、日本消防協会から特別表彰「纏(まとい)」を受章した記念式典がありました。日本消防協会とは、全国の消防職員の知識、技術等を高めるための各種事業を展開し、防災思想の普及広報を推進し、生活の安全と社会福祉を増進することを目的とする公益財団法人です。特別表彰「纏」は、消防団にとって最高の名誉である表彰で、毎年全国10団体に限り授与されるものです。全国には現在2,211もの消防団があり、愛知県内では8団目の受章となります。近年では、平成24年度に大口町消防団が受章されて以来の快挙です。

「特別表彰まとい」受章記念式典・祝賀会の様子

【「特別表彰まとい」受章記念式典・祝賀会の様子】

本市消防団は、平成27年度の愛知県消防操法大会(小型ポンプの部)で優勝を果たしており、また火災現場への出動率も約70%と極めて高く、団全体の士気が高いことがうかがえます。また平成25年に発生した連続放火事件の際には、いち早く特別警戒態勢をとってくれたおかげで、2度の連続放火事件はいずれも犯人逮捕に至ったことは多くの皆さんご存知のことかと思います。こうした長年の消防団関係者のご努力が、総合的に認められ今回の特別表彰に至ったものと思います。

特別表彰「纏」受章報告の様子

【特別表彰「纏」受章報告の様子】

消防団長らが受け取った「纏」は、江戸時代に大岡越前守が町火消に持たせて士気の高揚を図ったものといわれています。実際に火災現場で使用された初期の纏は、幟(のぼり)形式のものだったようで、そこには火災出場区域や火災現場心得などが書かれていたそうです。纏は、いろは48本に本所・深川の16本を合わせて、計64本あったと東京消防庁のWebサイトに書かれていました。今回の賞としての纏は、高級な素材で丁寧に作られたもののようであり、こちらは火災の現場に持ち出すものではなく記念の品として多くの皆さんにご覧いただき、消防団の式典等でお披露目することになるでしょう。

歴代の消防団員の皆さんに、改めて心よりお喜び申し上げます。本当におめでとうございました。

3月21日(火曜日)

朝夕は冷えこむものの、日中はずいぶん春めいてきた感があり、若鳥たちの巣立ちの季節を迎えました。先週は16日(水曜日)に市内小学校の卒業式があり、今年は高棚小学校の卒業式に出席しました。卒業生が57名と小さな小学校なので全員が西中に入学するのでしょうが、それでも先生たちとの別れ、下級生たちとの別れに涙する児童が散見されたのが印象的でした。

また、この日の午後には、みのわ保育園の新しい園舎の開園式が行われました。箕輪町の郷中にあった保育園舎が築45年と老朽化し、また三河安城駅周辺人口の伸びから、特に低年齢児の保育ニーズが高まって来ており、この際、場所を移転させて建て替えを図ることとし、定員も85名から210名へ増やすこととしました。新しい園舎は三河安城小学校の南のよく目立つ場所にあるため、今後はマンション群に暮らす若いご夫婦の子どもたちも通園することになるものと思われます。園児も保育園も、引き続き地域の皆さんに大切に育てていただきたいと願っています。

みのわ保育園開園式の様子

【みのわ保育園開園式の様子】

さらに翌17日(木曜日)にも、市立幼稚園の卒園式と巣立ちの儀式が続きました。今年はさくの幼稚園に出かけましたが、卒園児たちは卒園そのものの意味がよく飲み込めていないのでしょう。泣く子は見られず、練習通りの動作ができるかを心配する園児たちの緊張が伝わってきました。保護者の皆さんが大きく成長したわが子を見て感涙を流される姿を拝見し、「そういえばうちの娘たちも…」と懐かしい思い出がよみがえりました。

 

週末の日柄がよかったせいか、18日(土曜日)にはお祝いの式典が続きました。

午前中、明治用水の「世界かんがい施設遺産登録」をお祝いする式典と祝賀会が行われました。明治13年の初通水から、この春で138回目の通水を迎える明治用水では、すでに初期の頃の施設はほとんど残っておらず、また全く使われていない状態だそうです。しかし、それでも世界的な遺産として認められたのは、都市化が進み産業構造も大きく様変わりした社会にあっても、140年近くも水を確保され安定的に供給し続けてこられた維持管理の体制が高く評価されたものと思いました。今後も地域産業の水を守るという意識、また人と人との絆を大切にされ、よき伝統を次世代に引き継いでいただきたいと願っています。

また夕方には西尾市内で、「西尾の抹茶」の地理的表示保護制度への登録の祝賀会も行われました。この長い名称の登録は、簡単に言えば「西尾の抹茶」が国から公式のブランドとして認められたということです。当初は西尾市のお祝いごとと受け止めてしまいましたが、西尾市と安城市内で生産された抹茶に与えられたブランドで、安城市内の生産者の方々も複数関係しておられることを知り、出席させていただいたものです。松阪牛や米沢牛と同時に登録されたということで、その意義の大きさがうかがえます。

明治用水と西尾の抹茶のお祝いは、それぞれ農業関係者の長年のご努力が実ったもので、本当に喜ばしいことです。この地域の産業といえば、今や自動車産業を筆頭にあげる方が多いかと思いますが、伝統的な農業も今なお頑張っているということを、広く認知していただくための大変貴重な祝賀会となりました。

3月13日(月曜日)

3月初旬より開会した市議会定例会では、先週から本会議場での質問が始まり、6日(月曜日)には、議会の会派を代表する代表質問が行われました。安城市議会では3人以上の議員で構成される会派に、代表質問の権利が認められています。この代表質問に特別な時間制限は設けられていませんが、これまでは概ね2時間前後で推移してきました。

今議会の特筆すべきことは、制限時間なしとされる代表質問で、ある会派の代表者がお一人で、午後3時から午後11時半過ぎまでの8時間半にも及ぶ質問を続けられたことです。途中に何度も休憩が入りましたので、実質的には8時間弱の質問だったのでしょう。言論の自由は憲法に認められており、これを否定するものではありません。

 

しかし、一部の新聞報道にもありましたように、行政側と噛み合うことのないことばのやり取りが延々と続くうち、私の脳裏にさまざまな疑問が浮かんできました。それはこうした公式会議に要するさまざまなコストの問題です。

本会議へは、市議会議長を始めとする全議員と、市長以下の主要幹部が出席します。また市長以下、行政側の出席は地方自治法に規定されており、原則、退席は認められていませんので、質問終了までは議場に残ることとなります。さらに会議の裏方を務める事務局職員も残り続けねばならない他、会議場の照明や暖房の光熱費もかさみます。私は議会への全出席者の報酬・給与を時間給に換算し、その8時間近くの会議の直接・間接的なコストを計算してみましたが、驚くほどの金額となりました。

 

民主主義にある一定のコストは必要とは思うものの、そうしたコストを負担される納税者の皆さんの立場に思いを馳せると、決して明るい気持ちにはなれませんでした。また仮に会議に多大なコストを要したとしても、それを上回る成果が得られれば、そのコストは不問とされるかと思いますが、今回の長時間に及ぶ質問で果たしてどんな具体的な成果が得られたと言えるのでしょうか。

長時間の代表質問の内容は、過去に例を見ない92項目にも及んでおり、その1項目に対して2回ずつの再質問が繰り返されました。質問の大半は、市民参加条例や市民協働推進条例といった理念的な条例で、議員からは各条例を確認するための照合が続けられましたが、質問者の情熱と私たちの答弁はすれ違いに終始しました。質問終盤には、日付が変わりそうになったため20項目の質問は取りやめられたものの、安城市議会の歴史に残る長い長い会議は真夜中に終了しました。

19世紀初頭のウィーン会議は、「会議は踊る されど進まず」と揶揄(やゆ)されました。時間をかけて公式会議を開催しても、何の成果も得られなかったため会議への信頼は失われ、その失望感から社会の風紀が乱れたそうです。私たちのまちでこうした失望が生まれないように、費やした時間やコストからどれだけの成果が得られたのかを厳しくチェックするとともに、会議のあり方を改めて市議会にお考えいただかねばなりません。

 

以上、私自身が今議会で感じたままを率直に記しましたが、これはあくまでも私の主観に過ぎません。議会での質問とその成果は、納税者の皆さんがご自身の生活感覚に照らし合わせて評価を下されるべきです。議会質問は後日、Webサイトやkatchでの放映がありますので、時間に余裕があればご確認いただきたいものです。

3月6日(月曜日)

先週は市内の高校・中学で卒業式があり、出席し市長としての祝辞を述べました。その要旨は以下の通りです。

「(前置き略)…。私は卒業生の皆さんには、これから「真のエリート」を意識して生きていただきたいと願っています。エリートと聞くと、抜群の学力の人とか、出世街道の先頭を行く人というイメージがあり、「自分には関係ない」と受け止める人も多いかと思います。

しかし、そもそも「エリート」とは、基本的にはフランス語で「選良」、つまり選ばれた人を意味するというのが一般的です。さらに詳しく調べてみますと、エリートということばは、もともとはラテン語で「神に選ばれた者」のことを指すとあります。神に選ばれた者というのは、「自分の利害得失と関係なく他人や物事のために尽くせる人」を意味します。私は現代社会の混迷は、こうした真のエリートが影を潜めてしまっているところから生じているのではないかと考えています。

今の世相をどう読むのか。正月の新聞に、フランスのある思想家のインタビュー記事が掲載されていました。この方は、アメリカ大統領選挙でのトランプ氏の勝利を予測したことで注目されました。彼は世界の混迷について、「市場経済は世界規模で動いているが、民主主義は世界を包括する規模ではなく、政治は国家単位にとどまっている。その経済と政治の動きのギャップから、各国の保護主義の動きが生じている」と述べていました。

安城南中学校卒業式の様子

【安城南中学校卒業式の様子】

国家単位の選挙で選ばれた一国の指導者の力では、国境を越えるグローバル経済の流れまで変えることができず、国内に生じた経済的なひずみに対応できません。一方、グローバルの波に乗ったごく一部の人は莫大な富を得る反面、それに乗り切れない多くの一般大衆は失業や社会格差にあえいでいます。こうした経済格差が社会を不安定化させ、イギリスのEU離脱や、アメリカのトランプ現象につながったとの分析を読み、私なりの頭の整理ができたような気がしました。

そんな現実に鑑み、今の政治に求められているのは、税による「富の再配分」ではないかと私は受け止めています。グローバル化の恩恵に浴している方々からの税を、福祉や教育といった普遍的な行政サービスを通じて、すべての人にバランスよく還元し格差是正を図ってゆくことが求められていると考えます。

こうした現代社会の根本原理を理解し、己の損得勘定を離れて社会貢献ができる人、そんな真のエリートと呼べる人たちが様々な分野で活躍されるようになれば、社会は安定を取り戻せるものと期待しています。そのためには今日のグローバル社会の実態を把握し、また近代科学の可能性や限界を理解し、私たちの未来がどう変わってゆくのか、また変えられるのかを確認した上で、自分自身にどんな社会貢献ができるかを自問自答してゆくことが大切だと思います。したがって学校卒業後も、常に自ら能動的な学びを継続してゆく必要があります。…(結びのことば略)」。祝辞のむすびは6月1日オープンのアンフォーレで、生徒はもちろん会場の全ての出席者へ、新しい図書情報館での生涯学習をお勧めしました。

今回は市長就任後初めて、高校も中学もほぼ同内容の祝辞としました。事前に高校卒業式の祝辞を教育長にお見せしたところ、「今の中学生は難しいことばもよく理解していますから、この内容でも理解は可能でしょう」とのことばをいただいたからです。不透明感の強い世相を理解してもらい、また学びの本質を考えてもらいたいとの願いを込めて、私なりの社会観を示すこととしました。

中学校卒業式の会場を後にした時、先導くださった先生から「生徒たちは、今日の市長さんの祝辞に考えさせられることが多かったと想像します」とのことばをいただきました。多くの若者たちに、これからの人生を考えるヒントを与えることができたとしたなら、とても光栄に思われました。

2月27日(月曜日)

23日(木曜日)午後、愛知県が行っている自動運転の実験車に乗ることができました。県内では、いくつかの企業や大学が自動車の自動走行の実証実験を行っており、こうした実験を愛知県が推進する形で、県下15の市町で実走が行われています。走行区間は各市町まちまちで、役所から福祉施設、駅から観光施設、団地から病院などです。

車内モニター上の画像(コンビニ駐車場内)

【車内モニター上の画像(コンビニ駐車場内)】

安城市内の走行区間は、安城更生病院前から桜井のアピタ安城南店までとされており、病院と駅近くの商業施設という形となりました。実証実験ですので運転席が無人の状態で走る訳ではなく、実証コースまでの移動と危険防止とを兼ねて運転者が乗車します。よって、一般車両との外観上の違いは、車の屋根に取り付けられた円筒状のアンテナくらいで、それを除けば自動走行車かどうかは見分けにくいと思われました。

今回、実際に使われた車は7人乗りのエスティマでした。これは運転者と試乗する人、そして各種モニターを確認する研究者が一緒に同乗する関係で選ばれたようで、自動走行のために特別な車種を選んだものではないとお聞きしました。

コンピューターと機械による操作で、どんな運転ができるのか内心楽しみでしたが、スタート時に「コンピューター上のスタート地点」と、「実車の位置」、そして「GPSが感知した地点」の3点がなかなか合致しなかったようで、しょっぱなから2回のやり直しから始まったため、正直なところ前途を心配しました。

走行中も、ハンドルさばきやブレーキ操作など、いずれもぎくしゃくしており、乗っていて常に不安がつきまといました。乗車後の感想として正直なところ、実用化にはまだまだほど遠いと感じました。人や動物の飛び出し、前を走る車の急停車、さらに対向車のはみ出しなど、予期せぬ突発的な状況を考えますと、現段階ではやはり人間の五感を研ぎ澄ませた運転が勝るというのが率直な実感です。

 

日本社会の少子高齢化により、若い運転者が減少する一方、運転できなくなる高齢者が増加することで、人や物の移動ニーズに関する需要と供給の大きなギャップが生まれつつあり、この自動走行の実証実験は注目されています。しかし、はなから無人走行を期待するのではなく、当面は機能が衰えた高齢運転者の運転サポートというレベルから実用化し、技術の進歩とともに徐々にその適用範囲を拡大してゆくべきではないかと思われました。

完璧な無人走行を夢見るのは楽しみではありますが、万が一の社会責任を考えますと、乗り越えねばならない課題は山積というのが私の感想でした。

2月20日(月曜日)

和泉町地内に住むという方から匿名で、「私が18年前に植えた梅が、そろそろ咲き出しましたので見ていただければ幸いです」とのお手紙をいただき、場所を探し出し拝見させていただきました。5aほどの畑に紅白の梅が咲き始めており、風はまだ冷たいものの、その梅林だけはもう春の雰囲気が漂っていました。市民からのお手紙といえば、お叱りやご要望のものがほとんどなのですが、今回のお便りは心温まる思いがしました。お礼のメモを置いて帰宅しましたが、お読みいただけましたでしょうか。梅の便りをありがとうございました。

和泉町地内の梅林

【和泉町地内の梅林】

さて、気がつけば2月15日が過ぎていました。大半の皆さんには特別な日ではないのかも知れませんが、ちょうど2年前のこの日に市長4期目の任期がスタートしており、私の市長としての1期4年の任期は折り返しに入りました。この2年間はさまざまな継続事業を進める一方、アンフォーレの建設、工業用地確保に向けての準備など、未来に向けての大きな夢につながる事業を進めることもできました。ただ、新しい取り組みに関しましては、まだその成果を確認していただくことはできませんが、任期後半の2年間で多くの皆さんに喜んでいただけるようにしたいと考えています。

「ローマは1日にしてならず」と言いますが、安城のまちも1・2年で急に大きな様変わりをするというものではありません。多くの皆さん方にある一定のまちの成長を確認いただけるようになるまでには、まずは地域の関係の皆さんにご理解をいただくという地道な素地づくりから第一歩を踏み出し、その後に具体的な構想や計画をまとめつつ設計に入り、合意の整ったエリアから事業を開始するという段階を踏んでゆきます。

アンフォーレを例に挙げれば、建設に向けての公募開始が平成25年5月でしたので、そこから数えれば間もなく事業開始から4年になります。もちろんそれ以前から、建設用地確保のために周辺で家屋移転などを進めて来ましたので、それらも含めればさらに数年加算することになります。こうした地道な苦労は、直接それに関わった者にしか分からないかと思いますが、生まれた時の喜びは、生みの苦しみに比例するのではないでしょうか。

 

畑の一角の梅たちは、18年目にして自慢できるほど立派な木々に成長したようです。あのお手紙の主は、将来の満開の梅林を夢見て苗木を植えたものの、その光景を目にするまでは不安が残り、過ぎた歳月が歯がゆいほど長く感じられたことでしょう。それだけに現在の紅白の園を誇らしく思われ、その喜びを私にお手紙として寄せられたものと思われます。そのお気持ちはよく理解できました。

最近の私は、ことあるごとにアンフォーレの魅力を口にし、またどうしたらそれを広く皆さんに知っていただけるのだろうかと、そのことばかりを思案している毎日です。アンフォーレの披露には、まだしばらくの時間を要しますが、それを待つ今が一番な幸せなひと時なのかと考えます。梅花咲く春を待ち続けた心も、アンフォーレオープンを待つ心も、同様なのではないかと感じました。

2月13日(月曜日)

今年はデンマーク王国と日本との国交樹立150年に当たる年です。そのため年間を通じて国や地方自治体、さらに民間団体など、さまざまな形で記念事業が開催されるものと思います。もちろん安城市でも、今からいろいろな計画を立てています。

2月9日(木曜日)夜、その皮切りともなる催し「メッテ・ボク(Mrs.Mette Bock)文化・教会大臣の来日レセプション」が、東京のデンマーク大使館で開催され、私も出席させていただきました。

メッテ・ボク文化・教会大臣の来日レセプションの様子(中央男性デンマーク大使・右側女性文化教会大臣)

【メッテ・ボク文化・教会大臣の来日レセプションの様子(中央の男性がデンマーク大使・大使の右側の女性が文化・教会大臣)】

この日は午後、東京・上野の国立西洋美術館でデンマークの近代美術を代表する画家の作品を集めた展覧会の開会式があり、日本側からは皇太子ご夫妻が出席され、またデンマーク側からは文化・教会大臣が出席されていたようです。その一連の日程の後、この日のレセプションが開催されたものと思われます。多くのデンマークの皆さんの他、日本側からは特にデンマークと関わりの深いと思われる方々がお越しになっておられ、国会議員の河野太郎さんなどテレビに映るお顔もちらほらお見かけしました。

今年4月末、私たちのデンパークが開園20周年を迎えます。デンマーク大使にはその記念式典にご出席いただきたく、人垣の中で何とか直接案内状を手渡すことができました。本年はこの他、デンマークの姉妹都市コリング市との友好20周年にもあたっており、こちらも記念事業を開催してゆくこととしています。より多くの市民の皆さんに、デンマーク王国と姉妹都市コリング市を知っていただくとともに、国民幸福度の高い福祉国家として知られる彼の国の社会制度に学ばせていただきたいと願っています。

 

12日(日曜日)、デンパークにて「安城市民デンパーク駅伝大会」が開催されました。この日の朝はかなり冷え込んだものの快晴で、午前中はあまり風もなく、ランナーの皆さんにとっては絶好のランニング日和となりました。

私も10数年前までは現役ランナーとして走っており、シティマラソンやかつての明治緑道駅伝などにも参加をしていました。しかし、駅伝大会に向けての最終追い込みの練習で脚をひどく痛めてしまい、それが元でランニングから離れることになりました。それ以降はウォーキング、水泳、自転車など、足に大きな負荷のかからないスポーツに転向し現在に至っています。

私自身はもう走ることはないでしょうが、それでもこの日はランナーの皆さんの元気にあやかりたいと願い、自宅からデンパークまで6kmを自転車で駆け付けました。式典でのあいさつ、選手宣誓、そしてスタートの号砲を鳴らし、すべての公務を終えると再び自転車に乗って、この日は豊田市の明治用水水源まで出かけました。

健幸(ケンサチ)のまちを目ざす本市の市長として、私自身も健やか幸せを目ざさねばなりません。年齢とともに肉体も体力も変化をしてゆきますが、その人その人に合ったケンサチ生活を見出し、気長に継続してゆくことが大切なのではないかと思っています。この日は豊田市内で昼食をとり、帰りは安城市内のコンビニでカロリー補給におやつを食べました。つらい体力づくりではなく、いかに楽しい体力づくりにするかも大切なポイントなのかもしれません。

2月6日(月曜日)

1月31日(火曜日)、31年間にわたり多くの皆さんにご利用いただきました中央図書館が閉館し、当日の午後6時から閉館セレモニーが開催されました。セレモニーでは篠(しの)笛が演奏され、「涙そうそう」、「月の砂漠」、「ほたるのひかり」など別れの悲しさを偲ばせる曲が続いたため、会場はしんみりとした雰囲気に包まれました。

演奏終了後に、私が閉館に当たってのご挨拶に立ち、長年のご利用への感謝のことばを述べさせていただきました。その後、図書館員のほぼ全員が出入り口に並び、入館された皆さんのお見送りをしましたが、中には感極まってか涙を浮かべる職員も見られました。

 

本市の図書館はこの中央図書館が開館されるまで、市役所裏の安城公園の一角にある西庁舎の建物が図書館とされており、昭和42年に開館されました。しかし、おそらく建物自体の手狭さ、また市役所周辺の交通渋滞の解消なども考慮されて、昭和60年に城南町に移転改築されたものと思われます。

中央図書館閉館セレモニーの様子

【中央図書館閉館セレモニーの様子】

中央図書館が開館した昭和60年当時、市の図書施設は中央図書館と市内4カ所の地区公民館図書室、計1館4室の体制で運営されていました。その後、地区公民館は中学校区に1館を目標とされ建設が進められたため、近年では9カ所の地区公民館に図書室が設けられるようになり、よりきめ細かな図書サービスが展開されるようになっていました。この間に貸出は大きく伸び、昭和60年度に53万冊だった冊数は、近年170万冊を超すようになっており、多くの市民の皆さんに本に親しんでいただいてまいりました。

中央図書館の建物自体は築31年とまだまだ使える状態なのですが、建設当時35万冊とされた蔵書能力に対して現在は49万冊もの書籍が置かれるようになっており、本棚の置かれるスペースが大きくなった反面、利用者がゆったりと閲覧するスペースがかなり窮屈になってしまっています。そこで、更生病院跡地で建設が進められてきたアンフォーレの中核的な公共施設に図書情報館を建設し、図書機能をそちらに移転させることとしたものです。

 

これまでの中央図書館の建物は、図書機能移転後に改修され、平成30年度には「(仮称)子ども発達支援センター」としてリニューアル・オープンいたします。この施設は、障がい児とその保護者の方々へさまざまな福祉サービスを提供してゆく施設で、これまで福祉センター、教育センター、保健センター、サルビア学園などにお越しいただいたご足労を、大きく軽減させることが可能となり利便性が向上します。

アンフォーレの建設は、文化振興や市街地のにぎわい再生の他、福祉の向上にもつながるすそ野の広い事業であるということを多くの皆さんに知っていただきたいと思います。6月1日のアンフォーレ・オープン以降、より多くの皆さんに新しい図書情報館をご利用いただきたいと思います。またその後オープンいたします(仮称)子ども発達支援センターにつきましても、多くの皆さま方の温かなご支援をいただきますようよろしくお願い申し上げます。

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