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更新日:2017年11月20日

月曜日のひとこと

週末にあったイベントの感想や今週の見通しなど、ちょっとしたコメントを書いています。

2017年

11月20日(月曜日)

11月14日(火曜日)~16日(木曜日)の3日間、会議等で東京に滞在し、全国市長会を代表して、自民党、公明党の政策会議で都市自治体の立場から意見を述べました。財政委員長の立場で、私が主張をしたのは以下の5点でした。

自由民主党・予算税制等に関する政策懇談会 財政委員長として意見を述べる様子

【財政委員長として意見を述べる様子(自由民主党・予算税制等に関する政策懇談会にて)】

1、地方一般財源総額確保と地方交付税総額の確保等

健全財政が維持できている本市は、地方交付税をいただいてはおりませんが、全国ほとんどの自治体は国からの財源補てんに頼り続けているのが現状で、財政委員長としてその総額確保をお願いしました。

また最近は財務省サイドから、自治体の保有する基金(貯金)を財政的な余裕とみなす意見が聞かれるようになりました。それに対して、リーマンショック直後の法人税収激減の際に、基金によって地方財政が救われたこと。さらに東日本大震災の発災後、国から被災地へ財政支援が行われたのは半年も後のことと聞いています。その間、被災者の生活支援や都市基盤の復旧は、被災自治体の基金取り崩しに頼ったという事実をお伝えしました。

2、社会保障の基盤づくり

消費税の一部は、現在、社会保障の財源として地方に交付されており、平成31年10月には再び消費税を引き上げることになっています。この間にも少子高齢化は進展しており、地方財政の福祉関連予算は増加が続いています。消費税は今や社会のセーフティーネットに直結する財源であり、すでに引き上げの結論が出されている以上、予定通りの実施をお願いいたしました。

3、固定資産税の安定的確保

中小企業の経営支援策として、国は一方的に、地方の安定財源である償却資産への固定資産税の減免を行い、さらにその対象拡大も検討しているようです。地方が独自の判断で、固定資産税を削ってでも産業振興を図ろうとするのならともかく、国が勝手に地方財源に触手を伸ばすこと自体、地方軽視と言わざるを得ません。本市ではリーマンショック直後、固定資産税の減免を試行的に実施したものの、目に見える効果はありませんでした。私たちが効果を検証できなかった施策を、地域振興につながるなどと強弁された某国会議員に対して、失礼ながら明確に反論させていただきました。

4、ゴルフ場利用税の現行制度の堅持

ゴルフ場のある市町村は山間の過疎地が多く、ゴルフ場利用税は中山間地域の貴重な財源となっています。安定した代替財源を示すことなく、国が一方的にこれを廃止しようという動きを全国市長会として牽制(けんせい)しました。

5、市町村の役割に応じた森林環境税(仮称)の制度設計

豪雨による水害の多い時代となりました。河川上流域の森林整備が求められます。都道府県、市町村の役割に応じた安定財源としていただくようお願いしました。

税制改正に関する要請活動の様子(左は宮沢洋一自民党税調会長)

【税制改正に関する要請活動の様子(左は宮沢洋一自由民主党税制調査会長)】

与党の各種政策会議へ出席後、税制に影響力をお持ちの有力国会議員の皆さんに直接面会し、同内容の要請活動を行いました。お会いした複数の長老議員から、「君のところは地方交付税をいくらもらっているのか」、「市内にゴルフ場がいくつあるのか」などと聞かれましたが、「私のまちは地方交付税もゴルフ場利用税も縁がありません」とお答えしますと、皆さん大変驚かれました。「わが市への我田引水ではなく、財政的に困窮される全国の市町村を代弁してのお願いです」と口にするのは照れくさいのですが、安城市議会はじめとする多くの皆さんのご理解により、他人のために汗を流せる現在の立場を誇りに感じています。

11月13日(月曜日)

11月7日(火曜日)、横浜港にあるパシフィコ横浜で開催された「第19回図書館総合展」に出かけ、「自治体施策と図書館」というテーマのパネルディスカッションに参加しました。当日は、最近新しい図書施設を建設した神奈川県の大和市長さんと私の2人の市長がパネラーになり、元慶応大の教授がコーディネーター役を務めてくださいました。

パネラーとして発言する様子

【パネラーとして発言する様子】

大和市は1年ほど前に、大ホール、中ホールと児童施設、さらに図書館といったかなりの大型複合施設を主要駅近くに建設され、年間300万人もの入館者が来訪されているという内容のお話がありました。安城市のアンフォーレとは規模が違いますので、私は図書情報館に的を絞り、本市ならではの図書サービスや創意工夫を凝らした点を紹介しました。当日のやりとりは以下のとおりです。

問1、なぜ図書館を核とした大型複合施設だったのか

図書館は、本市内の公共施設では2番目に入場者数の多い施設(1番目はデンパーク)であり、また蔵書の増加により旧図書館に手狭感が出始めていたため、思い切って新しい図書施設を建設することとしました。

問1-1、建設のための財源は

新図書館建設に向けて目的基金の積み立てをしてきていましたので、そうした自己資金(基金19億円、一般3億円)と起債(11億円)、さらに国から社会資本整備総合交付金(14億円)をいただいています。建設費の総額は約47億円でした。

問2、図書館を教育委員会部局から市長部局に移管した理由

本市は、アンフォーレ周辺で都市基盤整備事業を行っており、新しいまちづくりが進められています。また空洞化が進みつつありますが、昔ながらの商店街も残っています。さらに図書施設で中小企業の経営相談や起業支援の業務も行いたいと考えました。

よって、図書情報館を単に生涯学習施設として使ってゆくだけでなく、まちづくりや商工業振興の核とするため、生涯学習、都市整備、産業振興などさまざまな部署に関わる仕事を一体的に進めたいと考えました。そこでアンフォーレ運営では、関係部署の横の連携を図り機動力を持たせて、市民ニーズを酌んだ運営を進めてゆける体制として、所管を市長部局へ移すこととしました。

問2-1、教育委員会や総合教育会議との関わり

図書館を市長部局に移す際、教育委員の皆さんにご理解いただくために、教育委員会の月例会議や総合教育会議などの場で、図書情報館の近況を報告することを条件に移管を認めていただきました。よって、定期的に詳細の報告をしております。そのことにより、私をはじめとする関係職員も、常に教育委員会を意識した図書館運営を行っています。

問2-2、図書館司書の育成をどう考えるのか

旧図書館の司書の数は15名でしたが、新図書館への移行の際、数年間かけて段階的に32名へと増員しました。その過程で密度の濃い研修会を重ねてきましたが、現在も月1回の研修会を開催しており人材育成には力を入れています。

安城市民の皆さんもご存じないようなアンフォーレ運営の舞台裏のお話を披露しました。会場には、これから図書施設を改修したり新築したりする予定のある自治体や大学関係者の他、図書館の設計に携わる方もおいでになっており、大変熱心に話を聞いていただけました。遠路出かけて行った価値はあったものと、私自身も満足しています。

パネルディスカッションの様子

【パネルディスカッションの様子】

11月6日(月曜日)

私の住む東端町では5日(日曜日)、地元神社の秋の大祭が行われ、来賓として出席しました。私は子どもの頃、秋になるとこのお祭りを楽しみにし、指折り数えて心待ちにしました。隣接市に嫁いだ叔母たちが、同年齢の従妹(いとこ)を連れてわが家に来ると、さっそく子ども同士で色々な遊びを考え、また神社のお詣りついでに出店で玩具や食べ物を買ってもらいはしゃいだ記憶があります。

時は移り少子化の時代となり、従妹の数も少なくなってしまった今の子どもにとって、村のお祭りはどんなものなのでしょうか。私の子どもの頃にはなかった子ども神輿(みこし)が出るようになり、朝から爆竹の音と子どもの元気なかけ声が聞かれます。子ども会に入っている児童がいないわが家では、今の子どもたちの様子がよく分かりませんが、おそらく子どもはいつの時代にも彼らなりにお祭りを楽しんでいるのでしょうね。

出番を待つ巫女たち

【出番を待つ巫女たち】

さて、神社には秋の祭礼時のみ参道入り口に、自称日本一とされている大幟(おおのぼり)が立てられます。この幟はさおだけで約32mあり、その根元は直径で30cmを超えています。また幟旗(のぼりばた)も長さ約27m、幅2.7mと、これだけ大きい幟はどこにでもあるものとは思われません。なぜこんな巨大な幟が私の住む町内にあるのかは、以前、このWebサイトに記したことがあるのですが、改めてここにご紹介申し上げます。

江戸時代、村人たちは何かにつけて揉めごとをおこしていたようです。そのあり様を心配されていた地元の財産家が、村人たちが心を一つにしなければ立てられないような大きな幟を、文政13年に神社へ奉納されました。そのおかげで一年に一度、祭礼の前日に町内総出で力を合わせて幟さおを立て、また祭礼の翌日にはのぼりの収納をせねばならないということとなりました。

過去には、巨大なさおが思わぬ方向に倒れたり、転がったりしたことで、けが人が出たことがあり、現在は大型クレーンを使い安全に配慮をしながら、さお立てと収納作業が行われています。今ではサラリーマンとして早朝から出勤される方も多く、時代とともにのぼり立ての方法が変わってゆくのもやむを得ないと思われます。

自称日本一の大幟

【自称日本一の大幟】

ところで昔の人たちは、一体何が問題で揉めていたのでしょうか。近代では昭和30年頃、東端町は昭和の大合併にて、安城市に所属するか、碧南市に所属するかで、村を二分して大揉めに揉めたことを話として聞いたことがあります。普段は穏やかで純朴な村の人たちなのですが、それだけに自らが正しいと信じ込んだことには、とことんこだわる傾向があるのでしょう。

そうした地域の人たちの気性を知る時のリーダーの方々が、本当に地元の将来を思い、穏やかな話し合いで解決の道を見出していれば、大騒動にはならなかったのではないでしょうか。しかし結局、住民投票により決着をつけることとされ、結果は安城市への帰属となったのですが、住民の気持ちが二分されてしまったため、和気あいあいの親睦の場は消え、その後の数十年間、地域はとげとげしい空気に包まれ続けたという歴史があります。

しかし不思議なことに、そんな殺伐とした時代でも祭礼の幟が立たなかったという話は聞いたことがありません。もちろん今の東端町は穏やかな空気に包まれています。大幟が歳月をかけて、地域の絆(きずな)を修復してくれたのでしょうか。安城市の所有する大幟はありません。和気あいあいの市民交流が末永く続くような市政運営に努めてまいります。

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