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更新日:2018年10月23日

今月のメッセージ

オーストラリア姉妹都市訪問

オーストラリア連邦のホブソンズベイ市(ビクトリア州)との姉妹都市提携から、早いもので30年目を迎えました。これを記念して10月15日(月曜日)から22日(月曜日)までの8日間、本市の市民派遣団員の皆さんと総勢17名で訪豪し、多文化共生のあり方を学び、また現地での交流を深めてまいりました。

私にとっては10年ぶりのオーストラリア訪問となりました。ホブソンズベイ市はオーストラリア第2の巨大都市メルボルン市に隣接しているため、私たちはまずメルボルン市に滞在し、都市施設の視察や日本総領事への表敬の後、ホブソンズベイ市を訪問しました。訪問順にメルボルン市、ホブソンズベイ市のまちの様子や感想をまとめてみました。

オーストラリアの主要都市

【オーストラリアの主要都市】

1、オーストラリア第2の都市 ビクトリア州・メルボルン市

(1)メルボルン市の概要

メルボルン市はオーストラリア第2の都市であり、ごく最近、人口500万人に達しました。最大都市のシドニー市は人口約510万人ですが、メルボルン市の人口が近年急増を続けているため、近い将来、オーストラリア最大の都市はメルボルン市になると言われています。その人口急増の理由は、シドニー市に比べて地価や住居費などの物価が安いためと伺いました。

しかし、急な人口増加に都市インフラの整備が追い付かず、また住宅開発が郊外へと広がるため、中心市街地への車の流入量が増加し、市街地内やそこに向かう道路の渋滞が深刻化してきています。また、車の乗り入れを防ぐための地下鉄や郊外に向けての鉄道整備の話はあるものの、なかなか思うように建設が進まないという現実があるようです。

夕方の帰宅ラッシュ

【夕方の帰宅ラッシュ】

そこで交通渋滞対策としては、市街地内の一部道路で一般車両の乗り入れを禁じたり、路上脇に設けられた駐車スペースへの長時間駐車を規制したりと、車による来街者を締め出しつつ、中心市街地内での路面電車利用を無料化したりと、さまざまな施策が講じられているようです。また、都市を郊外へと拡大するのではなく、中心市街地で暮らす人を増やすべくマンションやビルの超高層化が積極的に進められているようにも見受けました。

また、近年は水不足が深刻化しており、急な人口増をこのまま受け入れられる余裕はないとの話も耳にしました。市民に対しては「入浴に関してはシャワーのみの利用とし、4分以内に終えるように求める」との広報活動が行われているそうです。

以上は、メルボルン市内で進んでいる人口急増に伴う都市問題ですが、おそらくメルボルン市に隣接するホブソンズベイ市でも、その余波による恩恵や問題を抱えているのではないかと想像されました。そもそもメルボルン市は19世紀半ばに起きたゴールドラッシュにより、国の内外から多くの人が集まったことにより生まれた都市のようです。金の発掘による莫大な富のおかげで19世紀後半には2度にわたり国際博覧会が開催され、また戦後にはオリンピックも開催されるなど、シドニー市に迫る都市として発展を遂げてきた輝かしい歴史の一端をお聞きすることができました。

高層ビルが林立する新規開発地区

【高層ビルが林立する新規開発地区】

1901年のオーストラリア建国からの27年間、メルボルン市が仮の首都として認められていたそうです。しかし、その後はシドニー市との首都争奪合戦が起きてしまったため、両市のちょうど中間地点にキャンベラ市という新しい都市を作り、そこを首都にしてことを収めたという、冗談にも思えるようなオーストラリアの歴史の一端を知りました。

(2)白豪主義から多文化主義への歴史

メルボルン市滞在中に「移民博物館」に訪問し、移民国家として発展を遂げてきたオーストラリアの歴史の流れを知ることができました。この国で、最初の白人が上陸したのが1835年、その後間もない1851年に大きな金鉱があることが分かり、メルボルン市界隈はゴールドラッシュに沸き、多くの移民がこの地に暮らすようになりました。イギリスからの移民がほとんどという印象がありますが、実際には中国などアジアからの移民も多かったそうです。

しかし、オーストラリアの国家運営はイギリス人が中心になって運営されていたため、文化や習慣の違いからヨーロッパ移民がアジア移民を卑下する傾向が強まり、1900年頃から「白豪主義」という白人最優先主義がとられ始めました。このため、特にイギリス本国もしくはイギリス領の国からの移民政策が推進され、白人の若者たちに移民を促す啓発活動が盛んになりました。

多くの国の留学生で賑わうメルボルン大学

【多くの国の留学生で賑わうメルボルン大学】

しかし、第2次世界大戦により、イギリス本国の若者の人口が減少したため、イギリス関係国に限らず、英語圏からの移住促進に対象が拡大されました。さらにその後は、国や言葉を限定することなく、特別な技能や技術を持った移民も募ったため、さまざまな人種による多文化社会が形成されるようになり、1960年には「多文化主義」へと移行されることとなりました。

現在は、アフリカ系の人たちとどう融合を図るかが問われる時代となっているそうで、オーストラリアでの新たな多文化共生への挑戦は常に続いていることが分かりました。

(3)小学校教育のようす

学校教育の現場も見せていただきました。場所はメルボルン市内から車で1時間ほど走ったサンバリーという人口3万人強のまちのSunbury Heights Primary Schoolで、日本の小学校に該当する児童数400人ほどの学校です。

とは言え、日本の小学校と違うのは、ここではprep.(preparationの略)過程があり、いわゆる幼児教育課程の年長(5歳)の子たちが就学準備のための教育を受けるクラスが置かれていることです。私は3年ほど前にフィンランドで学校教育を視察しましたが、フィンランドでも就学前教育の重要性が認識されており、年長の子たちが小学校の教室で遊びを通じた言葉や数字の勉強をしていたことを思い出しました。世界的には、こうした幼児期の教育を重視する傾向が強まっているようです。

就学準備のための学び

【就学準備のための学び】

1クラスの児童数は低学年20人、高学年30人が目安とされ、それを維持する施設整備が行われていました。近年の人口増加の影響で学年のクラス数は、低学年が3クラス、中高学年が2クラスと、新入生のクラス数が増加してきたためプレハブ校舎を建設して、児童数増加への対応が進められていました。隣接する敷地にはsecondary schoolがあり、日本でいう中高一貫教育が行われていました。幼少期から中高教育までほぼ同じ顔ぶれで育つことにより、各過程における教員の連携が図られ、また密度の濃い人間関係が構築されることと思われました。

高学年の授業風景

【高学年の授業風景】

(4)ビクトリア州観光局

メルボルン市滞在中、ビクトリア州の観光局を訪問し、マーケッティング・マネージャーという方のお話をお聞きすることができました。

観光はこの州の大きな産業となっており、その経済効果は248億ドル、州経済の6.1%を占めています。観光による雇用人口は21.5万人で、就労人口全体の6.9%とされています。観光客の内訳は、宿泊客について海外から280万人、国内から2,320万人。この他、日帰り観光客が4,890万人あるとされ、州人口580万人を考えれば、かなり大きな人やお金の流れがあるものと思われます。

州観光局での聞きとり調査

【州観光局での聞きとり調査】

この観光局は州政府の事業部門とされており、ビクトリア州での観光業務全体に関わりを持つ他、国際会議の運営、イベント開催など、国内外、州内外の集客をにらんでさまざまな企画や事業実施をしているようでした。特に州都であるメルボルン市では、比較的狭い都市エリアに様々な施設がまとめられているため、スポーツ、視覚芸術、グルメ、ファッション、演劇・芸術と多様な楽しみを年間通じて提供しています。

組織としては、イベント招致、市場調査、PR活動、マネジメント、州全域への展開の各部門が置かれており、大きな州の機関ながら観光への力の入れ方が日本の県とは違うように感じさせられました。特に大きな国際会議などは計画から実施に至るまで6~9年もかかるそうですが、それを実現させることで「知的レベルの高い都市」の評価が得られ、情報交換による新規投資の可能性が生まれるだけではなく、会議関係の旅行者が増え、さらに留学希望者の増も見込めるとの話がありました。そうした国際的なイベント開催のため、世界8か所にPR用のオフィスを持ち、また8か国語対応のWebサイトも運営されていました。旅行社、航空会社、マスコミなど民間企業、国の政府などと連携してさまざまな製品(楽しみの機会)を創りだすことに、大変な力を入れている様子がうかがえました。

多くの人が集まるメルボルン港

【多くの人が集まるメルボルン港】

日本でもかつての小泉政権の終わり頃、「VISIT JAPAN」の看板が掲げられましたが、あの当時、私は観光振興にどんな意義があるのかがよく分かりませんでした。しかし、昨今の海外から日本への観光ブームを見ていますと、その効果がとても大きいことが理解できるようになってきました。ただ、観光ブームを末永く継続させてゆくためには、リピーターを増やしてゆく必要があり、その戦略と資源の開発、そして治安や防災等の安全も含めた環境整備を進めるなど、長期展望に立った粘り強い取り組みとPR活動の継続が必要と実感させられました。

2、姉妹都市での市民交流 ビクトリア州・ホブソンズベイ市

私は市長として、10年前の姉妹都市20周年の時にもホブソンズベイ市を訪問しており、今回は2回目の訪問となります。そのためホブソンズベイ市見学時には、10年前の思い出をたどりつつ楽しませてもらいました。この10年間でまちが大きく様変わりしたわけではありません。相変わらず海岸線は美しく、また自然のままの草原や湿地が広がるさまを見て、日本とは違い土地に余裕があることを大変うらやましく思いました。

ホ市ウィリアムタウンズ港

【ホブソンズベイ市ウィリアムタウンズ港】

ホブソンズベイ市のウィリアムズタウン港から湾を臨むと、幅3kmほどの対岸にメルボルン市中心市街地の摩天楼を遠望することができます。ホブソンズベイ市の市域面積は65㎢、人口は約9万人で、本市の86㎢、人口約19万人と比較をすればやや小ぶりですが、静かに憩える浜辺や自然公園があり、閑静なリゾート風住宅地といった感があるこのまちには、ある種の品格が備わっているように思われます。

 

安城市からの派遣団17名は、このホブソンズベイ市内の各家庭で2泊3日のホームステイを楽しみ、それぞれの思い出を持ち帰ることができました。ホストファミリーを受けてくださったのは、かつて子どもが交換学生として安城市でお世話になったご家庭や、親族が市議会議員など公職についておられたご家庭が多いとお見受けしました。これまで毎年、学生4人と引率教師1名の計5名の相互交流が続いてきました。しかし、安城市とホブソンズベイ市合わせれば毎年10名が30年間交流を続けてきたことになり、その数は300人。さらにその間には、公的な立場の皆さんが相互に訪問をされていることもあり、人と人とのつながりはかなり太いものになっているように感じられます。

ホ市との姉妹都市締結記念碑(ホ市市長さんと)

【ホブソンズベイ市との姉妹都市締結記念碑(ホブソンズベイ市長さんと)】

こうした国際的な都市間交流の成果は簡単に数値化して現せるものではありませんが、双方にとってとても大きな財産となっているように感じられます。たとえば安城市内の女子大学生が、この地のお宅にホームステイをして語学を学んでいました。留学を希望されたご本人や家族にすれば、見ず知らずの外国の都市に出かけるよりも、古くからの人的なつながりがあり、しかも治安も良い姉妹都市で学べるという安心感が、留学への後押しをしたのではないでしょうか。

今回の私たちの公式訪問だけではなく、そこから派生するさまざまな交流を広げて、地方都市なりの国際交流を自問しながら推進してゆきたいと思います。意義深い30周年の姉妹都市訪問となりました。

派遣団員とホ市ホストファミリーとの交歓会

【派遣団員とホブソンズベイ市ホストファミリーとの交歓会】

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