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更新日:2018年7月20日

今月のメッセージ

人を育てるまちづくり

皇室と新美南吉

本年の7月30日(木曜日)は、新美南吉生誕105年になります。5年前には南吉生誕100年を盛大にお祝いし、「南吉が青春を過ごしたまち安城」をPRしました。おかげでマスコミ等を通じて全国へ情報発信され、以前と比べれば「安城の新美南吉」の存在は広く知られるところとなりました。

【新美南吉生誕百年祭の様子】

【新美南吉生誕百年祭の様子】

今から2年前の夏、安城七夕まつり最終日に皇太子さまが本市に来訪され、歴史博物館で三河万歳をご覧になられました。私は本市ご滞在中の行動をともにさせていただきましたが、昼食時の会話で皇太子さまから「安城の新美南吉」に関する話題が提供され、大変驚いた記憶があります。

「なぜご存知でしたか」とお尋ねしますと、「母が昔から新美南吉の童話を愛し、いつも子どもの私たちに読み聞かせをしてくれていましたので、南吉の生涯もよく知っています」とのご回答がありました。新美南吉のふるさとの半田のみならず、安城の南吉もご理解いただけていたことに感激しました。

私からは、新美南吉生誕百年を機に始めたJR安城駅周辺での「南吉童話のまちづくり」や「新美南吉絵本大賞」など、これまでの本市の顕彰活動についてご紹介申し上げました。JR安城駅付近のウォールペイント、南吉のモニュメントなど、今ではありふれた風景と化した感のあるまち並みですが、今月はそこに至った経過をまとめてみました。

にぎわい喪失から創出へ

私が市長に初当選したのは平成15年2月、その前年の春、JR安城駅近くにあった更生病院は現在の地に移転していました。廃墟と化した病棟などが取り壊されたのは市長就任後のことで、病院跡地は「交流広場」として、その後10数年間いろいろなイベントに使われてきました。しかし、人の賑わいはイベント開催時だけの一過性であり、いかに持続性のあるにぎわいを創出するかが大きな課題でした。

【中心市街地交流広場】

【中心市街地交流広場】

そのため、まちづくりや活力再生に成功した事例があれば、時間をさいて各地に出かけるように努めました。また海外視察などの際も、にぎわいのあるまち並みを観察するなど、まちのにぎわいの要諦を私なりに頭の中に整理してゆきました。

まちの活力創出で、私が特に重要と感じたポイントの1つは「まちの歴史」であり、2つ目は「まちのテーマ」と感じました。まちの歴史にはそれぞれ歳月の長短がありますが、地域の歴史的な流れを受けたまちづくりを心がけねばならないと思われました。また、その歴史に思いを馳せることができる分かりやすいテーマを見つけ出し、そこに足を運んだ人たちがくつろぎ楽しめる雰囲気を生み出すことも大切と感じました。

そこで私なりに思案した結果、脳裏に浮かんだのが安城ゆかりの童話作家「新美南吉」という人物でした。彼の書いた童話「ごんぎつね」は、今や小学4年生の国語の教科書に教材として採用されており、おそらく私の世代以下の日本人の多くが彼の作品に親しんできているものと思われます。しかし、私以上の世代の皆さんの教科書に新美南吉は取り上げられておらず、ご年配の方々に彼とその作品の価値を正しく理解いただけるだろうかという心配はありました。

また当時の安城のまち中には、彼が青春時代を過ごしたという足跡をたどることができる象徴的な文物は少なく、そこにも課題があるように見えました。そのためまずは新美南吉が青春時代を過ごしたことを内外に知ってもらうためのPR活動から始めようとしましたが、「なぜ今、新美南吉なのか」を市議会はじめ多くの市民にどう説明したらよいのかが、乗り越えねばならない最初の大きな壁と感じられました。

新美南吉生誕百年

周囲に新美南吉を説明するためには、まず自ら彼についてよく知っておかねばならないと考え、新美南吉の生涯について調べ始めた時、彼が生まれたのが大正2年(1913年)であり、当時の3年後、平成25年7月30日が新美南吉生誕百年に当ることに気づきました。日本人は「ご縁」や「巡り合わせ」を大切にしますが、私はその時、新美南吉から声をかけられたような不思議な気持ちにさせられました。

「あと3年、今ならまだ間に合う」と考え、生誕100年に向けた安城の新美南吉PRの号令をかけ始めた頃、またも不思議な場面に出くわしました。それはJR安城駅周辺の商店の壁に描かれた南吉のウォールペイントでした。当時、まだごく限られた幹部職員に自分の気持ちを伝えたばかりで、新美南吉をテーマに何をするのかはこれから具体的に考えようとしていたのに、いきなり安城の市街地に南吉やその童話の世界が描かれたことにびっくりしました。

【南吉ウォールペイントの様子】

【南吉ウォールペイントの様子】

関係者に聞いてみますと、リーマンショック後の若者への就業支援策として、殺風景なまちを明るくするため愛知県の補助事業を受けて、商店街で芸術家の卵たちに壁画を描いてもらうことにしたとの説明でした。新美南吉をテーマとしたまちのにぎわい再生を考えていたのは私だけではなかったということを知り、とても心強く感じられ、さらに広く市民の共感を得られるように努めねばならないと、この時、南吉まちづくりにこだわる決意を固めました。

お祝いムードの醸成

ところで、新美南吉生誕百年をお祝いする以前の問題として、人口が増え続けている本市には、まちの歴史を知らない市民が多くおいでになると思われました。「新美南吉は知っているけど、なんで安城市が南吉まちづくりを進めるのかが分からない」という方が多いのではないかと想像されました。そこでJR安城駅を中心とする市街地が、南吉が青春時代を過ごしたまちであるということを周知いただくために、引き続きの南吉のウォールペイントはもちろんのこと、新美南吉生誕百年をPRするあんくるバスのラッピングの他、広報による周知活動も行いました。

【新美南吉生誕百年をPRするあんくるバスの様子】

【新美南吉生誕百年をPRするあんくるバスの様子】

また、「三つ子の魂百まで」ということばがあります。子どもたちに、幼い時代から新美南吉の優れた童話になじんでもらいたいと願い、親から子への読み聞かせのために生誕100年を記念し、「新美南吉絵本大賞」という一般公募による新しい絵本づくりも実施しました。乳児の4か月検診の際、保健センターにおいでになった親子へ新しい絵本を贈呈してきました。この斬新な取り組みは全国的に高く評価をされて、後に文部科学大臣賞を受賞することができました。

【乳児4か月検診の際のブックスタートの様子】

【乳児4か月検診の際のブックスタートの様子】

こうした新しい企画は、子どもたちやその保護者の皆さんには注目されましたが、やはりご年配の方々中心に「安城市政は何をやっているのか」という数多くのお小言をいただいてきました。しかしその後、新美南吉生誕百年が近づくにつれて、新聞テレビなどが新美南吉を特集で取り上げてくれるようになり、また平凡社からも別冊太陽「新美南吉」が刊行されるなど、南吉への理解はマスメディアを通じ世代を超えて深まってゆきました。

重要なテーマを見出すこと、またそのテーマの意義を説くこと、そして時流に乗る形で多くの共鳴や共感を得てゆくこと。にぎわい創出やまち興しを進めようとする時、真に重要なポイントは「ひらめき」、「学び」、「説得力」ではないかと実感しました。幹となる重要なテーマを見出すことができれば、枝葉はいくらでも後から付け加えることが可能です。本市の「南吉まちづくり」が大成功だったかどうかは別として、南吉生誕100年で「安城の新美南吉」が全国的に注目を集めたことは事実でしょう。

南吉とアンフォーレ

上記のような南吉生誕100年への準備と並行して、更生病院跡地の開発計画も固まってきました。図書情報館を核とするアンフォーレの構想により、これまでの「新美南吉」をテーマとしたまちづくりと齟齬(そご)は生じないことを確信しました。よって、更生病院跡地からJR安城駅脇の日通倉庫までの間を、南吉ストリート化してゆこうと新美南吉ゆかりのモニュメントの設置も進めました。

【アンフォーレと新美南吉モニュメント】

【アンフォーレと新美南吉モニュメント】

しかし、こうした私たちの努力とはうらはらにアンフォーレが完成するまでの間、日通倉庫前の人通りは少なく、南吉まちづくりを冷ややかにご覧になる方が何人おいでなのだろうかと想像しますと、背中を冷たい汗が流れたものでした。ところが、アンフォーレオープンから1年がたった今日では、通勤通学時の車や人の流れはもはや南吉ストリートが大きな動線となっており、アンフォーレにお越しくださる多くの方々に、安城が新美南吉ゆかりのまちであることをいちいち説明する必要はなくなりました。

私は幅広い世代から、アンフォーレを含めた周辺のまちづくりへの感想を聞いてみたいと考え、さりげなく街角に立ってさまざまな立ち話に耳を傾けることがあります。ある時、路上で子ども同士の会話が聞こえふり返りました。女児の「それでね、南吉さんがね…」というかわいい声を耳にし、これまでの苦労が報われたような気持ちになりました。安城の新美南吉は、すでにこのまちの子どもたちの心に宿っていたのです。にぎわい再生だけがまちづくりの全てではなく、創り上げてゆくそのまちで未来を担う青少年らがどう育ってくれるかにも思いを馳せるべきでしょう。「まちとともに人も育つ」、そんなまちづくりが理想と考えます。

新美南吉まちづくりはまだ完結した訳ではありません。今後も、アンフォーレ周辺の都市基盤整備の進み具合に合わせて、継続させることも発展させることもできます。さらに時代のニーズに合わせる形でタイミングをみて、色あせつつあるウォールペイントを描き変えてゆく楽しみもあるのではないでしょうか。南吉まちづくりは、未来に向けて広がる可能性が残されています。

今年の7月30日は、そんな新美南吉の生誕105年に当っています。当日の生誕イベントで、アンフォーレや南吉ストリートに集まった人たちの表情や声の中に、これからのまちづくり展開のヒントがあるような気がします。

最後にもうひと言

安城に生まれ育たれたご年配の皆さんにすれば、郷土の偉人といえば新美南吉というよりも圧倒的に「都築弥厚」でしょう。都築弥厚に関しては、新しい顕彰のあり方として、子どもたちが楽しみにしている文化センターのプラネタリウムに登場してもらうこととしています。プラネタリウムを通じた星空の世界と、郷土の偉人都築弥厚との関係を、いぶかしく思われる方は多いのではないかと想像します。

【都築弥厚像】

【都築弥厚像】

その関連性については、いずれまたこのWebサイトでお伝えするつもりです。11月の文化センターとプラネタリウムのリニューアルまで、今しばらくお待ちください。

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