総合トップ ホーム > 市長のページ > 今月のメッセージ > 今月のメッセージ 2016年 > 熊本地震 被災地からの報告(2016年6月)

市長のページ

ここから本文です。

更新日:2016年7月20日

熊本地震 被災地からの報告(2016年6月)

熊本地震を受けての対応

4月14日(木曜日)の熊本地震発生から、約1か月後の5月16日(月曜日)・17日(火曜日)の2日間、私は熊本県内の被災地を訪問し実状を把握するとともに、改めて被災者の皆さま方に心からのお見舞いを申し上げてまいりました。

今後、南海トラフの巨大地震発生を考えた時、愛知県内陸部の安城市に暮らす私たちが直面するトラブルが、今回の熊本地震に出現しているように思われてならず、震災発生当初から私自身は高い関心を持ち続けてきました。例えば、マスコミによって映される熊本市内の被害から本市の市街地での被災状況が連想され、また熊本市周辺の農村部のようすは本市の農村地帯が連想されてなりませんでした。

益城町の建物被害

【益城町の被災地を歩く】

私たちの地域では、昭和19年に東南海地震が発生しましたが、その翌年に余震ともいえる三河地震が発生し、安城市内だけでも4百人近い死者が出ているという歴史的な事実があります。そこで熊本地震の発災直後から、マスコミによって報道されるさまざまな現地情報を本市に当てはめた場合、どんな点で課題が残っているのかを市役所内の各部署に拾い出させ、数多くの課題を列記しました。そして、部長クラスによる情報連絡会を開催し、列記された課題を確認した後、危機管理担当者とともに熊本県を訪問することとしました。

よって、今回の被災地訪問は単なるお見舞いにとどまらず、本市としての被災地支援のあり方、そしてこの地域で大きな震災が発生をした場合の想定など、今後の私たちの災害対策を考えるという意味もありました。2日間被災地を回り、その所感をここにまとめてみました。

被災地の概況

私自身は過去、平成7年の阪神淡路大震災の折、発災の1か月後に被災地の一つである西宮市へボランティアで出かけています。また東日本大震災の際も、発災の1か月後に宮城県内の海岸部の市町村を視察しておりますので、それらとの比較による感覚的な印象から申し上げれば、被災エリアの広がりは、東日本大震災のような東北地方から関東地方にかけてという広大なスケールというよりも、阪神淡路大震災に近いエリア限定の地震だったように感じられました。

都市部のようす

・熊本市

都市基盤の破壊という点では、かつてボランティアで訪問した阪神淡路大震災の方がひどかったように感じられましたが、これはあの震災以降、国の耐震基準が強化されていたためではないかと思われます。熊本市内の都市部では、歴史的な建造物の熊本城がクローズアップされます。そこで熊本城周辺を歩き、被災状況を確認して回ってみました。

熊本城の被害

【熊本城石垣の被害】

基本的にはテレビの映像どおり、熊本城をはじめ歴史的な建築物の被害が著しいと感じました。特に最近は、古い民家を改造したレトロ調の商店やカフェが流行していますが、そうした古民家に被害が目立ちました。また古くからの墓石や石碑、さらに神社の鳥居など、耐震補強の施されていない時代の石の構造物はほとんど倒壊していました。

また、中心市街地では、一見しますと、無傷のように見えるビルが建ち並んでいました。しかし近づいて建物をよく見ますと、耐震補強が施されていないと思われる古い公共施設は、危険建築物とされて使用できない状態のものがあり、また古いマンションの外壁にもひびが入ったりタイルが落ちているようすが確認されました。この他、比較的新しいアーケードや通路部分でも、天井やひさしの一部落下が見られました。

市街地でのマンション暮しの方に伺いますと、震災後はライフラインが途絶してしまいマンションでの生活ができなかったため、近くの学校やコンビニ駐車場で車中泊をしていた方がずいぶん多かったそうです。電気も来ない夜の暗闇で家族だけで過ごすのが心細いため、車に乗って近くの避難所駐車場に出かけてみると近所の方々も車中泊をしておいでになり、知人と会話を交わすだけで安心できたというお話を耳にしました。

・宇土市

足を延ばして熊本市に隣接する宇土市にも訪問しました。市役所庁舎の上層部が破壊されたことで注目された宇土市ですが、市内全体の印象からしますと市役所庁舎のみ破壊が特に著しいと感じられました。周辺の一般民家や商店は外観上明らかな全・半壊という家屋が少ないのに、なぜか市役所庁舎だけが大きく破壊されてしまったという印象を持ちました。地震の波動と建物の高さ、また耐震性などさまざまな要因があるのでしょうか。周りの建物の比較的軽微な被害と比較しますと、違和感を覚えるほどの市役所庁舎の被害と思われました。

宇土市役所の被害

【宇土市役所庁舎】

宇土市では幸い市役所近くにある市体育館がしっかりしていたため、そこに市役所機能を全面的に移して住民対応を図っておられました。私たちの訪問時には、とりあえず通常業務の大きな混乱はなくなっていたようですが、役所機能を移転させる際には大変なご苦労があったものと想像されました。突然の訪問にも関わらず、丁重な対応をいただきましたことに感謝申し上げます。ありがとうございました。

農村部のようす

・益城町

震源地に近く被害の大きい益城町は、熊本市に隣接する農業地帯のため、こちらの農村部とよく似たのどかな風景の町なのですが、活断層が走ったせいかお気の毒なほど破壊された民家が数多くみられました。農村集落の破壊の度合いは、断層上かと思われる場所がひどいと感じられましたが、他にも水田地帯と丘陵地帯といったように建物の立地している地盤による被害の違いがあるように感じられました。水田地帯に隣接する集落では地盤が軟弱のためでしょうか、全壊や半壊の家屋が多く見受けられました。一方、丘陵地帯では、傾いたり壁が落ちている家屋が多く見られたものの、比較的軽微な被害の家屋が多いように見えました。

益城町の建物被害2

【益城町の全壊建物】

益城町役場は丘陵地帯にありました。正面玄関ひさし部分が落下したため、裏口からの出入りとされていたものの、震災直後も庁舎内で仕事はできていたようです。しかし、危険建築物とされているため、今後の安全を考えて隣接する中央公民館へ役所機能を全面移転されていました。また町の公共施設全般で言えば、公民館付帯の体育館も、また立派な総合体育館も、建物本体はしっかりしていたものの、ともにアリーナ内部の天井板などが崩落しており、危険で使えない状態だったのが残念でした。もしも、こうした天井材の耐震改修さえ行われていれば、これら体育施設が地域住民の避難所として十分機能したものと思われます。

益城町の体育館内の被害

【天井板が落下した体育館内】

・御船町

車で走っていますと被災家屋は目につくものの、被害程度は益城町と比較をすればいく分軽度とお見受けしました。それは庁舎をはじめとする公共施設を見ればよく分かり、体育館の特定天井などの崩落もなく、益城町と比べればとりあえずの避難スペースはある程度確保されていると感じられました。

それでも民家の家屋は激しく揺さぶられているため、外観では判断できないものの建物内部での家具の転倒や壁の崩落が起きているように思われました。小学校体育館等で避難所生活の方々もおられましたが、私たちが訪問した日中は少数の高齢者がおいでになるだけでした。おそらく避難者の多くは昼間は、家の中の散乱物の片づけにお出かけになっておられ、早期の生活の再建を図っておられたのでしょう。

御船町は平成の合併をしなかったため、国の三位一体改革を受けて町職員定数をかなり削減され、厳しい行財政改革を進めておられたと思われます。よって、平時の業務でぎりぎりの人的体制だったため、予期せぬ震災が発生した場合に一気に人手不足が生じてしまい、復旧対応に苦しむこととなります。

特にこのまちの場合、町の公共施設が町役場周辺に集中されており効率的な反面、町の中心部から離れた中山間地に点在する集落には公共の避難所がなく、高齢者を中心に集落内で身を寄せ合って暮らしておられるとお聞きしました。

こうした被災集落へは3度の食事を町中心部から配送せねばならず、そのためのボランティアが必要とされていましたが、配送は全て自動車を使うこととなります。そのためボランティアセンターには広い駐車場が必要となり、山間地に造成された広場に置かれたプレハブ小屋がボランティアセンターとされていました。交通が不便な被災地でのボランティア活動では、かなりの駐車場スペースの必要性を感じました。

御船町のボランティアセンター

【御船町のボランティアセンター】

所感

東日本大震災での福島原発事故により、九州地内にある佐賀県の玄海原発、鹿児島県の川内原発の2つが震災被害を受けた場合、周辺住民はどこに避難したらよいかという議論が九州地内で交わされてきていたそうです。

その際、「熊本県は過去大きな地震は起きておらず、また今後発生の可能性は低いので、ぜひ熊本を九州の広域防災拠点として活用してほしい」と熊本県知事が提案されていたとお聞きしました。それほどまでに熊本県内では近年大きな地震の発生はなく、こうした安全性を売りにして熊本県企業庁が、企業誘致を進めてきていたということも知りました。そんな状況でしたので、熊本県民の防災意識はとかく台風対策へ向かいがちだったようです。

しかし、これまで長年大きな地震が発生していなかったということは、地下断層の歪みに大きなエネルギーが蓄積されていたということになり、そのエネルギーが一気に放出されて今回の熊本地震になったものと思われます。そのため震災への備えは十分ではなかったようで、それが地震被害をより大きなものとしたように受け止めました。

私たちの地域でも71年前の三河地震以来、大きな地震が起きていないだけに「油断は禁物」とし、より注意を払わねばならないと再認識させられました。最後に、被災地を歩いて気がついたことを何点か、以下にまとめておきます。

都市基盤

地震の震動により、河川にかかる橋梁と道路の接合部との大きな段差ができ、甚大な交通障害が発生したことを知りました。河川周辺は地盤が緩いため堤防や道路の取り付け部分が沈み、一方、基礎のしっかりした橋梁は沈まないことから段差が生じがちです。発災直後は、特にこうした個所の迅速な補修を実施し、市街地交通の円滑な流れを確保せねばなりません。

公共施設

震度7が2度も発生したと伝えられ、また宇土市役所のような大きな建物被害をニュースなどで見ますと、被災地では公共施設のほとんどが倒壊してしまったのではないかと思ってしまいました。しかし、被害が甚大な益城町でも、公共施設自体が倒壊したという話を聞くことはありませんでした。これは阪神淡路大震災による耐震強度の全国的な見直しのおかげではないかと思われました。

しかし国は、九州地区などこれまで地震発生の可能性が低いとみなしていた地区では、建物の耐震性を下げてもよいと建築指導してきており、熊本県内の耐震性は私たちの地域(1.0)に対して 0.8~0.9とやや低めに設定されていたようです。こうした震災に対するとらえ方の甘さが、避難所に指定された体育館などでの天井材の崩落につながり、それが避難所の不足を引き起こし、車中泊の増加が起きたのではないかと感じました。

災害備蓄品

いざという時の備えはあったのに、家屋の崩壊などにより取り出せないケースがあったことを知りました。震災時の備蓄品は、地震の被害を受けても容易に取り出せるような場所に保管しておく必要性を感じました。

車中泊

前震・本震・余震と、地震が続くことで家の中で生活できず、車中泊をされていた方が多いと感じました。都市生活者の多くは、トイレと食糧・日用品を求めてまずコンビニに殺到し、次にガソリンスタンドに列をなしたそうです。車中泊の場所は公共施設の駐車場の他、避難所に指定されていた小中学校の校庭も開放され、ライフラインが復旧するまで多くの車が停められていたとお聞きしました。

 

過去のメッセージを読む

お問い合わせ

企画部秘書課秘書係
電話番号:0566-71-2201   ファクス番号:0566-76-1112