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更新日:2016年11月17日

まちの見方、見つけ方(2016年10月)

10月6・7日、岡山市で開催された全国都市問題会議に出席しました。会議のテーマは「人が集いめぐるまちづくり」で、複数の専門家や市長の皆さんが先進事例など貴重なお話をして下さいました。いろいろなお話の中で、私が特に興味深かったのがドイツ文学者であられ、旅のエッセイストとして知られる池内 紀(おさむ)さんの「まちの見方、見つけ方」というテーマの基調講演でした。
池内氏はドイツでの生活が長かったため、ドイツのまちと日本のまちの比較をされ、興味深いお話をして下さいました。その主な内容に私の個人的な感想を織り込み、昔のドイツ視察での風景写真とともにまとめてみました。

 

ドイツのまちの特長

記憶するまち

ドイツでは、街路に歴史的な出来事や人名がつけられているそうで、まちそのものが記憶する装置としてできていると述べられました。私自身も何度かドイツに出かけており、通りに人名らしき名称がつけられていることに気づいてはいましたが、なぜその名称がつけられているのかについて深く考えてみたことはありませんでした。
また歴史を後世に残すために、まち並みもできるだけ昔からのものが保存されてきており、戦禍で破壊されたまち並みも多くが昔どおりの形で復元されています。そのため個々の建物も大切にされており、その古い外観をできるだけ保存することとし、内部のみをモダンな造りに改築する手法がとられているそうです。たしかにドイツのまちを歩いていると、第2次大戦で焼かれたと聞いているはずなのに、中世に造られたまちを歩いているような錯覚に陥ることがあります。その理由がよく理解できました。
ただ、こうした重い歴史を累積した都市で、日常的にさまざまな過去の出来事や偉人を意識して暮らすには大きなストレスがともなうため、ドイツ人には法律で年間1か月のバカンスをとることが義務化されているのだそうです。最低1か月は、重いまちの記憶から離れて自己解放を図ることが必要と認められているとの解説により、ドイツ人が長い休暇をとれる理由を初めて知りました。
ハイデルベルグ市の旧市街地①

【ハイデルベルグ市の旧市街地①】

 

まち並みの統一性

まちの建築物は、その地域の森林から切り出した木材を組み合わせてできており、建物の骨組みや外観に統一感があるのはそのためだそうです。もちろん独創的な家に住みたいとする住民も中にはおり、統一感に欠ける家を建築しようとすることもあるそうですが、周辺住民たちが施主を説得し、まちの統一性が保たれるような行動を起こすのだそうです。ドイツ人は「倫理感覚」を大切にする民族だそうで、特に「権利」と「義務」は表裏をなすという共通の理念を大切にしているというお話でした。ドイツ人と比較をすれば、日本人は「権利」を主張する半面、「義務」というものに対して極めて鈍感であり、また卑怯とも言うべき態度をとりがちと述べられたのが強く印象に残りました。日本人の弱点をみごとに言い当てられたように感じました。

 

 

ハイデルベルグ市の旧市街地②

【ハイデルベルグ市の旧市街地②】

 

郡の予算権

歴史を消さないことに重きをなすドイツでは、国内に小さな市町村が数多くありますが、それぞれのまちの歴史を重んじるために合併をしないのだそうです。こうした小さな市町村は郡としてくくられ、都市計画などはその中心都市「郡都」が広域バランスを考えて作ることとなっているそうです。しかも郡に予算権が与えられているため、日本のように小さな市町村同士が同じような公共施設の建築を競い合うようなことはないとのことでした。例えば、あるまちに文化施設を建設すれば、隣のまちには観光施設、また別のまちにはスポーツ施設と、郡内の市町村ごとに役割分担を考えた広域的な公共施設の配置が考えられてきたようです。
明治時代の初期、日本の郡にも予算権が与えられていた時代があったそうですが、強固な中央集権体制の確立を目ざす国が、地方の権限を弱めるために郡の予算権を剥奪されてしまいました。日本でも、予算権があった初期の郡制時代の公共建築物は広域圏の中核施設だったため、風格のある優れた建築物が数多くあったと紹介されました。

 

旅の作法

以上のように、ドイツのまちの特長を日本のまちと比較しながらご紹介くださり、その後は旅のエッセイストとして初めて訪問するまちを知るために、心がけておられる池内さん独自の作法を3点ほどご紹介くださいました。とても興味深い手法によりまちの実情把握に努めておられましたので、市長としての自戒や言い訳も含めて、以下にまとめてみました。

ブレーメン市の旧市街地①

【ブレーメン市の旧市街地①】

 

広報誌を入手する

初めて訪問したまちのことを知るために、池内さんはまず役所もしくは図書館に出かけて、まちの広報誌を入手されるそうです。広報誌にはそのまちのようすや、生活に必要な情報がコンパクトにまとめられていますので、現在のまちの全容を短時間に把握するためにはもってこいということなのでしょう。
安城市では広報作成は秘書課広報広聴係が行っており、市内のさまざまなイベントに広報担当職員が記者として出かけ、写真を撮り記録をまとめてくれています。速報性を求められる記録は速やかに記事にまとめられ、早い段階で広報誌に掲載されます。一方、特集としてまとめる記事については、さまざな追跡調査や資料集めに時間が必要になり、十分な情報整理の後に公表されています。広報誌は印刷直前に私の手元に届き、市長としての最終チェックを行います。私が気をつけているのは、主に以下の2点です。

・表紙の写真
手間をかけた記事を満載しても、そもそも表紙すら見てもらえなければ、いきなりただの紙くずと化してしまいます。まずは多くの市民の目にとまり、「ちょっと中をのぞいてみよう」と思っていただけるような、気になる写真が掲載された表紙にする必要があります。
・文章の推敲(すいこう)
担当者の思い入れが強すぎるのか、いきなり重い問題提起をするような原稿がまれに見られます。広報により初めて問題の存在を知る市民には、まずは前置きとなる分かりやすい事前説明が不可欠です。また記事のテーマによっては子どもが興味を持つ場合もあります。内容によって、できるだけふりがなを付けるようにも気をつけます。以上のような点検や修正の後、印刷されて皆さんのお宅に配布されているのが「広報あんじょう」です。
池内さんが安城市へおいでになったことはないと思われますが、もしもお越しになられた際、現在の広報をご覧になって、本市にどんな印象をお持ちになるのでしょうか。これからは市民目線を大切にしつつも、初めて本市を訪問される外部の方の目にどう映るのかも意識し、内外に向けた分かりやすい情報発信となる広報づくりに心がけます。

広報あんじょう掲載の安城市出身力士へインタビューしている様子

【広報あんじょう掲載の安城市出身力士へインタビューをしている様子】

 

公共交通に乗る

池内さんが初訪問のまちの様子を知るために心がけている2点目は、そのまちでバスに乗ることだそうです。バス停では高齢者から学生まで、いろいろな人たちが世間話をしているのでしょうが、その話を耳にしてまちの空気を知る手がかりにしておられました。交通弱者の方々にとって暮らしやすいまちなのか、その地域ではどんな話題に関心があるのかなど、容易に把握できると述べておられました。またタクシーに乗った際、運転手からまちの様子を聞き出すことも有効とされていました。
本市では数年前に「あんくるバス」のルートなどを全面的に改正し、その後もさまざまなご意見をお聞きし時刻表の修正を行っています。公共交通を充実させて、特に高齢者の皆さん方に活用いただき、いわゆる買い物難民を出さないように心がけてきました。しかし、本市の財政的な制約、バス会社側の運転手の確保、さらに道路渋滞など、さまざまな要因により万人にご満足いただける体制に至っていないのが実情です。
まち中の井戸端会議では、老後の不安や家族関係、さらにはどこのスーパーが安いかなど、さまざまな情報が飛び交っていることでしょう。私のように市長として顔を知られた者が近くで聞き耳を立てていれば、周りの皆さんは気楽な会話ができなくなってしまい、市民の本音の日常会話は私の耳には入りづらいことでしょう。水戸黄門さまのように、どこかの旅人に変装して市内を漫遊してみたいものです。

安城市のあんくるバス

【安城市のあんくるバス】

 

古いまち並みを探す

池内さんは、古い家、古いまち並みを残すようにし、歴史を大切にしているかもチェック項目に挙げられていました。黒瓦や白壁の日本の原風景は、戦後の高度成長時代にあらかた失われてしまったそうで、大変残念と回想されていました。ここが本市の最も弱い一面ではないかと、市長として大変心苦しい思いでお話を拝聴していました。
JR安城駅周辺のまちは明治初期の国鉄駅開業とともに、安城が原という荒地の中に産まれています。よって古い建物といっても、最古でも明治時代以降のものしかないと思われますが、大正末期から昭和初期の日本デンマーク時代の建物すら現存していないような状況です。しかも市内主要鉄道駅周辺のいずれでも、高度経済成長期から今日にかけて都市基盤整備を進めてきており、歴史を感じさせることができるような建築物は本当にわずかしかないと思われます。
安城駅から離れれば、北部の旧東海道の松並木や桜井の本證寺、さらに南部の丈山文庫なども現存してはいますが、木立ちや建物が一部に残っているのみで、ご当地の歴史を体感できるような古いまち並みは見当たらないというのが本市の実情でしょう。人口の増加、そして防災や交通円滑化のために区画整理事業を進めねばならず、高度経済成長とともに都市化を進めてきた本市の残念な一面と反省させられます。
このように本市では、歴史を感じさせられる場所は「点」として単独で点在するばかりですが、こうした数少ない点を結んで歴史ウォークキングなどにつなげて行きたいものです。残された歴史的な遺物は限られていますが、記録として保存に努め、語り継ぐことで歴史を継承してゆかねばならないと痛感させられました。

ブレーメン市の旧市街地②

【ブレーメン市の旧市街地②】

 

日独の大きな相違点

私の娘がドイツ青年と結婚し現在ドイツ国内に暮らしているので、ドイツという国やドイツ人については、一般の日本人よりいくらか理解が深いつもりでいます。よって、池内さんのお話の日本とドイツとの共通点の多さには納得させられました。
しかし一方、日本と大きく異なる点について私自身がいかに不明であったかもしみじみ実感させられました。以下に記す内容は、池内さんが冒頭、エッセイストとしてではなく、ドイツ文学者として述べられたドイツと日本の2つの大きな相違点です。その要旨と感想をまとめ、報告を締めたいと思います。

観光都市ブレーメン市の広場

【観光都市ブレーメン市の広場】

 

戦争への自省

ドイツも日本も第2次世界大戦の敗戦国であり、ともに戦勝国側から戦争犯罪についての裁きを受けたという共通点があります。東京裁判とニュルンベルク裁判です。
しかしドイツでは、終戦から20年近くの歳月が流れた後、戦時中にアウシュビッツ強制収容所が旧ドイツ領内(現在のポーランド国内)にあったことが分かり、そこでユダヤ人の大虐殺が続けられていたことが明らかになりました。それを機にドイツ人検事が、大虐殺に関わったドイツ人戦争犯罪者を調べ、20名を逮捕し厳しい裁きを下しています。
そんな経緯からドイツの歴史教科書は、現在ポーランドと協働で作成されているそうで、ナチスを永遠に許さないという強い贖罪(しょくざい)意識をドイツ国民は共有しているとのお話でした。‘80年代にドイツの大統領を務めたヴァイツゼッカーは、「過去に目を閉ざす者は、現在に対してもやはり盲目となる」という名言を残しています。
目を背けたくなるような過去の自国の歴史を明確化し、自ら「過去との対決」を辞さない強い自省は、日本人の私たちに欠けている残念な一面と思われ、少し胸が痛みました。

産業都市デュッセルドルフ市の住宅街

【産業都市デュッセルドルフ市の住宅街】

 

倫理の重視

日本の福島原発の爆発事故を受けてドイツでは、メルケル首相の判断により国内すべての原発が一時全面停止され、一斉点検が始められたそうです。それと並行する形で、ドイツでの原発政策についての議論が進められ、技術的な面に関しては「原子力安全委員会」、そして人道的見地に関しては「倫理委員会」と、2つの専門委員会が設けられました。
日本で原発政策に大きな影響を及ぼしているのは、原子力規制委員会のようですが、ここでは技術に関する議論が交わされるのみで、ドイツの倫理委員会に該当する人道面での議論の場はないところが、日本とドイツのもう1つの大きな相違点であるとのご指摘がありました。
ドイツの場合、原発政策に関する2つの専門委員会のうち、特に倫理委員会の結論に重きが置かれ、その結果、築40年以上の原子炉は運転停止とされ、それに満たない原子炉のみが運転再開となり、17基の原発の内で現在運転を許されているのは10基です。その10基も2022年までには全面停止するとされています。
もとは物理学を専攻する科学者であったメルケル首相ですが、原子力政策に関しては科学技術よりも倫理に重きを置き、強い意志による独自の原発政策を進めています。かつて来日したドイツの環境大臣は、「日本はドイツよりもはるかに自然エネルギーが豊富にもかかわらず、その利活用を図らずに原発に頼り続けようとしている」と、日本の原発政策を評したそうです。ドイツではメルケル首相の判断により、国を挙げての代替エネルギー研究が進められているそうです。

ドイツ人と日本人の違いは、歴史に対する向かい合い方なのだと知りました。歴史を「水に流す」日本人と、歴史を「直視する」ドイツ人との違いは大きいと感じました。それぞれの国にそれぞれの国民性や歴史認識があるものの、大きな歴史的な事件や事故に遭遇する都度、立ち止まりゼロベースから考え直そうとするドイツの政治と国民意識を、日本人の私たちも見習う必要があると思われます。
私自身はもともと歴史に強い関心はなかったのですが、政治の世界に入って以降の30年間は正しい歴史認識を持たねばと、特に第2次大戦を軸とした歴史について勉強してきたつもりです。また11月には全国市長会の主催する福島第1原発の見学にも参加し、原発政策を考える足がかりとしようと思っています。
ドイツ人の豪胆な歴史への向き合い方を見習い、不都合な事実も直視して、私なりの歴史認識を持ちたいと考えています。

 

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