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更新日:2013年6月20日

市長から見た国政

国政の場で「近いうちに…」が、いつのことを意味するのかが話題となっていましたが、11月16日に国会が解散されたことで、急に選挙の季節を迎えることとなりました。国政は日常生活からやや遠いと思う方が多いのでしょうが、日本社会の将来を左右する重要な選挙です。多くの方に関心をお持ちいただき、投票にお出かけいただきますようにお願い申し上げたいと思います。

私は来年2月で、市長就任から満10年を迎えます。激動と混迷の時代に行われる国政選挙にあたり、地方行政を預かってきた者として、これまでの約10年間で国政に対して感じたままを書いてみました。

間近に迫った国政選挙

【間近に迫った国政選挙】

市長1人、首相何人?

ロシア6年、中国5年、韓国5年、アメリカ4年、これは各国の法で定められた大統領や国家主席など国家リーダーの任期です。韓国では再選を認められていませんが、他の国では再選が認められています。そのためこれらの国々のリーダーは一般的に10年ほど国家のかじ取りを担うことができ、長期的な視点から諸問題の対応に当たることが可能です。

ところで、私が市長に初当選したのは平成15年2月なので、その時の内閣総理大臣は小泉純一郎さんでした。よって、平成21年の政権交代までに自民党の首相は4人おいでになり、その後、現在の野田首相まで民主党の首相が3人誕生しています。今回の総選挙で首相が変わるとすれば、実に10年間で8人の首相がおいでになることになります。この10年、日本では長期展望に立ち国家運営がなされることは、極めて困難な状況が続いて来たのではないでしょうか。

市という小さな行政単位でも大きなプロジェクト事業を立ち上げるのには、1基本構想→2基本計画→3実施計画→4予算の裏付け→5事業実施という手順を踏み、これらの手順ごとに議会への説明やパブリックコメント、さらに議会審議の手続きを経ますので、プロジェクト事業の完成までには10年近い歳月を要することとなります。

「失われた10年」とも「20年」ともいわれますが、日本では一貫性のある国策の遂行が困難で、そのため時宜にかなった対策を打ち出せないという悲しい現実があったと想像されます。国際会議に日本の閣僚が出席されても、おそらく多くの他国のベテラン閣僚の中では存在感を発揮できなかったことでしょう。

また私が上京した時、運良く閣僚への直接要望ができたこともありましたが、その閣僚がいつ交代されるとも分からない不安が残りました。「官僚主導」との批判はありますが、政治が主導できる状況が生まれなかったので、やむなく官僚が対応せざるを得なかったという事情があったのではないかとも思われます。

日本の経済に余力があった時代は、「経済一流・政治三流」と揶揄(やゆ)できるだけの余裕がありましたが、もう軽口にもそんな他人ごとを言っていられるような余裕は今の日本にないように感じます。今回の国政選挙では、政治を選択することの意義を深く自問自答し、一票を投じるべきと考えます。

地方6団体の代表者 野田首相のあいさつ

【2011年10月20日 国と地方の協議の場

全国市長会会長代理として、地方自治体の共通する課題を関係閣僚にお伝えしました 】

マニフェスト信仰からの卒業

この数年来、マニフェスト選挙が注目され、それにより行政運営が進められることが善政との観念が社会に広まりました。そのマニフェストには具体的な数値が書き込まれ、よりち密な数字が書き込まれた計画ほど優れていると評価をされる傾向にあったため、選挙前に不眠不休で詳細な行程表を考えたという市長もおいでになりました。

しかし、選挙前にまとめた任期中の計画がち密であればあるほど、後に不測の事態の発生により社会状況が激変してしまった時、マニフェストの計画を順守すればするほど財政はひっ迫し、その結果「マニフェストは断行されたが、財政は破たんした」という笑うに笑えない、また誉(ほ)めるに誉められない悲しい現実がそこに出現してしまいます。

これほどまでにマニフェスト信仰が広がったのは、過去の政治への不信感の反動と考えられます。よって場当たり主義とみなされた過去の保守政治も、また教条主義に陥りかけたこれまでの改革政治も、共にこの選挙を機にマニフェストの意義について反省すべきと思われます。

自動車を運転する際、私たち運転者がハンドル操作に過剰なほど気を使わなくてもすんでいるのは、ハンドルに「遊び」と呼ばれる余裕が設けられているからです。轍(わだち)にタイヤをとられても、小石にタイヤを乗り上げても、おおむね車は運転者の意思に従って進んでくれます。マニフェストを全否定するものではありませんが、問題はそこにどれほど柔軟性の利く「遊び」が残されているかではないでしょうか。

有権者の歓心を買うため、あれもこれもと甘い話がてんこ盛りになったまことしやかなマニフェストの背後には、選挙に勝つことを至上主義とする立候補側のさもしさが透けて見えるような気がします。政治とは、選挙に勝つことがゴールではありません。選ぶ側も選ばれる側も、選挙は政治のスタートに過ぎず、その後に具体的な成果を挙げることがゴールであるという共通認識を持ち、しっかりマニフェストに目を通す必要があります。

財政破たん国家への視察報告書から

今から14年前の平成10年秋、私は市議会議員として1970年代末に国家財政が破たんしたニュージーランドの厳しい行政改革を視察することができました。’90年代に進められた行革はすさまじく、いくつかの事例を挙げれば以下の通りでした。

  • 国家公務員の整理

豊かな時代に共産国家並みに増えてしまった国家公務員を2回に分けて減らし、最初に50%、次には70%の削減を実行していた。

  • 地方自治体の広域合併

’90年に794あった市町村は、広域合併により’96年には74にまとめられ、全国に43,400人いた地方公務員は35,400人にまで削減。地方公務員の終身雇用制度は廃止され、官民の人材交流が進められた。

  • 税法の大幅見直し

12.5%の消費税を導入するとともに、所得税の累進を引き下げ、法人税も引き下げた。資産家や企業の国内引き留めを行い、勤労者の可処分所得を増やすことを狙った税体系の見直しが進められた。

こうした全国レベルの激烈な行政改革は、当時のニュージーランド国家を混乱させたことと想像されます。しかし、宗主国だったイギリスが’70年代にECへ加盟したことを機に、農産品の貿易立国だったニュージーランドは主な輸出先を失い、これほどの大胆な行革を断行せねばならないほど国家財政は行き詰まってしまったということです。

農家の破産、失業者・自殺者の急増、過激なインフレ進行などにより、「豊かだった時代の社会システムを変えなければ、われわれも国家も破滅するしかない」というニュージーランド国民の危機意識が政治を変え、その政治が社会を改革したというお話を伺いました。

わが国がこうした財政破たん国家の轍(てつ)を踏むことのないように、この国政選挙を通じて時宜にかなった信頼できる国民代表を選ばねばなりません。

                                                                                                                                                                      安城市長 神谷 学

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