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更新日:2013年6月20日

被災地を忘れない

10月11・12日と岩手県盛岡市で、全国市長会開催の「全国都市問題会議」が開催されました。東日本大震災の被災地に思いを馳せることは多いのですが、遠隔地ゆえになかなか足を運べる機会がありません。そこでこの会議への出席に合わせて前日の10日に岩手県・宮城県の海岸側沿いを回り、被災地を訪問することとしました。

最初に訪問したのは、岩手県山間部にある気仙郡住田町です。住田町は、大きな被害を出した海岸部の大船渡市や陸前高田市に接する内陸側に位置しており、津波の被害はなく大きな震災被害は受けていません。そのため地元木材を活用した仮設住宅を建設し被災者を受け入れるとともに、被災地支援の後方基地としての機能を果たしておられました。

地元木材を利用した仮設住宅

【地元木材を利用した仮設住宅】

住田町には安城市に本部を置くNPO愛知ネットがボランティア拠点を構えており安城市役所職員もお世話になりましたが、安城市内はもとより愛知県下のさまざまな被災地ボランティアに出かけた方々が、この拠点を足がかりとして海岸部の被災地へボランティア活動を続けています。このようにNPO愛知ネットは、発災直後から東日本大震災被災地に拠点を持ち、多くのボランティアのお世話をしてくれています。

また住田町長は、私の大学の先輩であるということに最近気がつきました。その多田町長さんに被災地の近況をお尋ねした後、私たちはさっそく隣接する大船渡市に向かいました。

大船渡市は昨春の被災後、このまちの中心市街地で恒例とされていた夏の七夕まつりが開催できないという危機に陥ってしまいました。しかし、安城七夕まつりの実行委員会が中心にボランティアを募り、七夕まつり開催実現のためのお手伝いをしたことで安城市民との交流が深まりました。その後も安城市内から多くの高校生や市民ボランティアがこのまちを訪れ、色々な形での交流が続いています。私はこのまちへ昨年6月に訪問し、大船渡市の戸田市長さんに被災状況や復旧に向けてのお話を伺っています。

今回も市長さんへの訪問前に港湾を車で回り、がれきの撤去がかなり進んでいることを確認しました。そのため復興も近いのかと思った私は、1年ぶりにお会いした戸田市長さんに「あと何年で復興完了が見込めますか」とお尋ねしました。すると戸田市長さんはやや言葉に詰まりながら、「そうですね、あと10年はかかるでしょうか…」とお答えになられ、それによって遠隔地から来訪した私たちには理解できていない大変な問題が山積していることに気づかされました。

がれきの撤去が進んだ大船渡市の様子

【がれきの撤去が進んだ大船渡市の様子】

次に訪問した気仙沼市の菅原市長さんにも同様の質問をしたところ、「何をもって復興したと定義づけるかも難しいのですが、概ねあと10年はかかると見込むべきでしょう」と、ほぼ同様のお答えがありました。大きな津波により破壊された市街地からがれきが片づけられた風景を見ただけで、私たちは間もなくそこに新しい市街地が再構築されることを連想してしまいます。

しかし何十年・何百年か後に、また再来するであろう大津波の恐怖を考えると、まち全体を高台へ移転する必要があり、そのための新たな土地の確保、権利の調整、都市基盤全体の整備、さらに個人の住宅再築など、公私にわたる資金調達の問題も含めて大変多くの問題が山積している現実を知りました。

また単に生活の場の確保だけではなく、働く場の再建の問題も重要です。津波の被害の大きい被災地は、その大半は漁業が中心で繁栄してきた港湾都市ですので、港の復興をどうするのか、また水揚げされた魚介類の加工場再建の問題もあります。さらに失われた多くの漁船をどう取り戻すのか、そしてそれまでの間の漁業関係者の生活をどう支えるのかなど、港町ではない安城市民には想像もできないような多くの課題があることが窺えました。

こうした大変な被災したまちの復興を成し遂げるためには、市が中心となって国からいただいた多額の復興関連予算を活用し、多くの問題を解決してゆく必要がありますが、その仕事を進めるために市役所で働いてくれる人手の確保をどうするのかという問題もあります。このように傍目(はため)には見えない深刻な課題の多くが未解決のまま山積しており、被災地はこの1年半、復興どころか復旧すら終わっていない現実を思い知らされました。

東北地方の短い秋が終われば、また長く寒い冬がやって来ます。「ローマは一日にしてならず」ということばを思い出しました。破壊された市街地丸ごと一つを別の場所に移転させるのには、並々ならぬご苦労が多いのであろうということを痛感し、遠隔地の私たちにどんな支援ができるのだろうかと思案しながら被災地を後にしました。

盛岡市で開催された全国都市問題会議のテーマは、「都市の連携と新しい公共」でした。ご講演して下さった講師の皆さんは、東日本大震災からの1年半の被災者のお気持ち、ボランティア支援のあり方、今後の復興に向けての方向性など本当に貴重なお話を聞かせて下さいました。

こうした多くの貴重なお話の中で特に忘れがたいのは、まち全体が甚大な被害を受けられ、多くの市役所職員を失い、さらに自らの奥さんをも亡くされた陸前高田市長のお話でした。(以下、発言要旨のまとめ)

「プロ野球の選手が外野フェンスぎりぎりのフライを、捨て身のファインプレーでキャッチできるのはなぜなのでしょう。それは多くの人たちが客席から自分を見守り大きな声援を送ってくれているから、それに応えようと頑張れるのではないでしょうか。多くの人々が激励してくれるから、それに応えなければというファイトが湧いて、がむしゃらに頑張れる自分になれるのだと思います。被災地の我々も同様なのです。全国からの温かな声援や支援があり、本当に多くの皆さんが心配して下さっている。だからこそそのお気持ちにお応えすべく、頑張れる自分たちでいられるのだと感じます。」

そしてしばらく間を置き、こう付け加えられました。

「被災後、初めて迎えた年末年始。仮設住宅でテレビをつけると、クリスマスの特別番組でいろいろな芸能人が楽しそうにおしゃべりしていました。また正月番組でお笑いタレントが皆を笑わせていました。一方で自分たちの生活を顧(かえり)みると、安穏な東京の暮らしと自分たちの生活にはずいぶん隔たりがあるなと感じてしまいます。でも自分たちは被災をしてしまったのだから、それはそれで仕方がないと割り切ることができます。しかし、毎日毎日こんなに面白おかしいテレビ番組ばかりが流されていると、いつか日本中の人々が被災地に暮らす自分たちのことを忘れてしまうのではないかと、大きな不安に駆られます。これまで全国の人たちが温かな眼差しで自分たちを見守って下さったから、被災した私たちもここまで頑張って来られました。でも、もしも全国の人たちから忘れ去られてしまうことがあれば、その瞬間から自分たちは頑張ることができなくなってしまいます。どうか被災地にいる我々被災者のことを、復興がかなうその時まで忘れないでください。」

私たちは、東日本大震災の被災地のことを忘れてはなりません。

                                                                                                                                                                          安城市長 神谷 学

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