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更新日:2013年6月20日

忘れた頃がやってきた

「んっ、ガク…?」。何気なく新聞の映画案内を見ていると、私の名前を見つけたような気がしました。もう一度よく見ると、最近封切りになった山岳映画「岳(ガク)」のタイトルでした。

山登りは今も趣味の一つで、このゴールデンウィークに北八ヶ岳の残雪の樹林帯を妻と二人で歩いてきました。こうした映画を鑑賞した若者らが、大自然の世界を闊歩するようになれば、日本の未来に明るさが見えてくるような気がします。

 

私は20代の一時期、八ヶ岳山麓にある農業専修学校に勤務をしていました。その頃、年に一度は生徒らとともに八ヶ岳主峰に登ることとされており、仕事として夏の日帰り登山をしていました。しかし、故郷の安城市に帰り、こちらで働くようになると、山の世界とは疎遠になってしまっていました。

月日は流れて平成7年1月17日、阪神淡路大震災が発生しました。私はこの時、安城市議会議員を務めていました。歴史的な災害の現地でボランティアをすることで、本市の防災対策をさらに質の高いものにできるのではないかと考え、所属していた青年会議所の募集する被災地ボランティアに自ら進んで参加しました。

震災1ヵ月後、都市機能が失われた阪神地区に行く条件として、「寝袋、食糧、ガスコンロ持参」が提示されており、大急ぎでそれらを登山用品店で買い求めると指定された西宮市に向かいました。

 

私に与えられた被災地での活動は、全国から届けられた善意の支援物資を紙袋に仕分けし、1世帯ごとに配布して歩くという内容でした。作業としては単純だったものの、効率を考えて多くの紙袋を一挙に両手で握るため、坂道や階段では息が切れるかなりの重労働となりました。

支援物資を配布しながら何百世帯をも訪問し、この目で見た光景や被災者から直接お聞きしたお話は、今でも脳裏に焼きついています。西宮市内の被災現場を歩いた体験は、本市の防災を考える際の貴重な教訓となっています。

数日間のボランティアが終わり、家に戻るとまだ新しい寝袋とガスコンロがザックに残りました。それらの有効活用を考えて、登山を始めることを思いつきました。そんな訳で、私の山登りの動機は決してロマンチックなものではありません。

登山道具がこうした被災現場で役に立つということは、登山そのものが自然の中でのサバイバルともいえましょう。よくよく考えてみれば都市インフラが破壊され、電気、ガス、水道が不通になれば、そこは瞬時に原始社会と化してしまうのです。

 

被災地・女川町のようす

 

 

ところで、西宮の被災地では子どもや若者が姿を消し、避難所に残るのはお年寄りばかりという風景が気になりました。その理由は、以下のようでした。

  • 夜の闇が怖い
    都市のネオンや街路灯の光は民家の中に届きます。都会育ちの子どもたちは真の暗闇体験がなく、すべての電気が途絶えた暗闇での生活ができない。
  • トイレを使えない
    トイレといえば水洗が当然の子どもたちは、地面に穴を掘ったに近い原始的なトイレでの用足しができない。
  • 入浴できない生活に耐えられない
    潤沢な湯水に恵まれた生活に慣れ、若者は毎日入浴ができない生活に耐えられない。

以上の理由から、子どもや若者は被災を免れた周辺地域の親戚宅などに移り、戦時の生活体験を持つ世代が残されたようでした。むろん復学の問題もあったのでしょうが、現代っ子らは、とてもひ弱になっているということに気づかされました。

山の世界に一歩入れば、都市インフラとは無縁の世界に変わります。日が暮れれば暗闇は当たり前、水洗トイレはありません。そもそも山では飲み水の入手が大変で、入浴など望むべくもありません。

野暮な生活を好き好む訳ではありませんが、そんな環境でこそ自身に潜む野性を見出すことができるのではないでしょうか。流れる大気の中で気象の変化を読み、かすかな音で身に迫る危機を予感する。人間の五感を超越した第六感が目覚めるような気がします。

 

「天災は忘れた頃にやって来る」という名言を残された地球物理学者の寺田寅彦氏は、文明が進めば進むほど天然の暴威による災害がその激烈の度をなすとされ、以下のように述べておられます。

「文明が進むにつれ人間は自然を征服する野心を持ち、重力に逆らい、風圧や水力に抗するような造営物を作った。そうして自然の暴威を封じ込めたと慢心していると、どうかした拍子に檻を破った猛獣の大群のように自然があばれ出し、人命を危うくし財産を滅ぼす。」

このことばは、大正時代末期の関東大震災を振り返り、寺田氏が述べたもので、今から80年近く前の記録としてとどめられています。万古の時代から続く大自然の摂理を畏怖する含蓄のあることばに感じられます。日本では第2次大戦後の経済成長の時代、「快適・便利」を時代のキーワードとして、現在の社会を構築してきたように思われます。私たちは大切なことを忘れたまま、ここまで歩んで来てしまったのではないかという反省の念を抱かされます。

厳しい山に登る時、自然を征服するなどという人間の傲慢さは消え、大自然に抱かれて生かされている己を自覚することができます。東日本の復興、そして新たな日本の活力再生は、こうした人間としての原点に立つことから始まるものであらねばならないと考えます。

東日本大震災のニュースを通じて、あれこれ思案の日々が続きます。一日も早い復興を心より祈ります。

 

夏の立山連峰

 

 

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