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更新日:2013年6月20日

中国太熱了!(中国はとても熱かった)

7月31日に上海万博で愛知ウィークの催しがあり、会場には安城七夕の笹飾りが置かれるとの話を耳にし、4日間の慌しい日程でしたが、19年ぶりに中国を訪問することとしました。中国大陸に近づいた飛行機の窓からは、大型船舶が行き交い造船所が稼動する海岸、また臨海部農地の大規模ビニールハウス群が目に入るようになり、日本の大都市近郊の風景と変わりなく感じました。

また、到着した上海市内には巨大なビルが林立し、もはや日本の大都市となんら遜色はないように見えます。街を行き交う人々の服装もかなりお洒落になり、言語の違いがなければ、日本の大都会と勘違いしてしまいそうでした。中国は本当に変わったと感じました。

上海臨海部の万博会場は広大で暑いうえに人出も多く、日本館と日本産業館などごく限られたパビリオンに入館しただけでしたが、これら日本関係のパビリオンへの入館希望者は多く、炎天下で何時間も辛抱強く入館を待つ長蛇の列に驚かされました。日本館内に展示された七夕の笹飾り、風鈴など、日本ではなじみのものが中国人の興味の対象となり、短冊に書かれた子どもの願い事を、懸命に読み取ろうとする人々の姿が印象に残りました。

上海の新都心は、かつて海辺の農村地帯だったそうですが、この15年ほどで超高層ビル群に変貌し、今や市内人口は2千万人と聞きました。都市としての急成長は、人と富の集中を生んだようですが、急激な都市化の抱える様々な歪みも内包していることでしょう。中国人の公共の場でのマナー、接客態度などを見ると、上海万博がスローガンに掲げる「より良い都市生活」を送るには、まだしばらく時間がかかると思いました。

上海万博日本館内のささ飾り

 

8月1日、新幹線に似た高速鉄道を利用し、上海市から南京市に移動。まずは、南京市内の視察をしました。いろいろな場所に案内されましたが、気持ちが重かったのは南京大虐殺記念館への入館でした。薄暗い館内に、当時の日本兵らが残虐な行為をしている写真パネルが飾られ、遺品と思しきものがたくさん陳列されていました。会場の一部では地面が掘り起こされたままとされ、そこに埋められた白骨死体が見えるようになっており、虐殺の事実を後世まで語り継ごうとする意志がうかがえました。

日本人にとってはいたたまれない空間でしたが、説明文は感情的なものでなく事実を淡々と表す内容となっており、日本人に対する恨みつらみが記されているという訳ではありません。「堅牢(けんろう)な国家が構築されていなければ、こうした悲惨な占領を許すことになるのだ」という、国民教育的な意味合いが強調されているように感じました。

「前の経験を忘れないで、後の教訓とする」の文字(南京大虐殺記念館)

 

最終日の2日、南京市郊外の新しい工業団地の造成現場を見学しました。日本の家電メーカー・シャープと中国企業との合弁により、液晶テレビの生産工場が造られつつありました。シャープが現在、三重県亀山市の工場で製造している液晶テレビの製造設備をここに移し、一大生産拠点とするという構想でした。規模とその先端性を聞き、近い将来、アジア地域のものづくりの核は、確実に中国に移るであろうと思いました。

 

工業団地の隣接地には、南京市内から主要な大学が移転集約された学術都市エリアがあり、今後は産・学の密接な連携の下で新技術の研究が進められることが想像されました。国の成長に不可欠な要件を先進諸国から学びとり、それを国家主導により全力で取り込もうとする中国の前進の速さに驚かされました。

中国の急激な国家成長に、いささかの無理を感じなくもないのですが、一方、長期にわたる経済停滞が続きながら、有効な打開策を見出せないままの日本の未来に大きな不安を覚えてしまいました。これからの日本のリーダーは世界、特に近隣のアジア諸国の動向に敏感であらねばならないと痛感させられました。

今、中国はとにかく熱い、私はそう感じました。

 安城市長 神谷 学

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