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更新日:2013年6月20日

経済危機と山の教訓

人の記憶というものは不思議なもので、何年も前に何気なく口にしたことばが、状況によって急に思い起こされることがあるものだと驚いています。

今からかれこれ4年ほど前、ある大手自動車部品会社の社長さんを始めとする幹部の方々とお話をする機会がありました。ちょうどその時期、トヨタ自動車が販売台数での世界一を目指して躍進を続けており、その企業も新規の投資計画を進めているところでした。

いろんな会話の中で、ふと社長さんが「市長さんの趣味は山登りですか。登山のさ中、最も気をつけねばならない危険な時は、頂上に近づいたあたりなんだそうですね。」と質問をされました。トヨタ自動車に追随する経営計画の中で、世界一が視野に入りかけた今が最も気をつけるべき時期と、おそらくどなたかからそんなお話をお聞きになられたものと思われました。

しかし、私の山の経験からすればそうではなかったため、話の腰を折って申し訳ないと思いつつも、「私の経験から申し上げれば登山で最も危険な時は、頂上を極めようとしている場面ではなく、頂上を極めて下山にさしかかった瞬間なのですよ。」とお答えしました。

山に登り頂上を極めようとするその時、疲労はピークに達しつつあり、息も絶え絶えとなり、体力的には最も厳しい状況に追い込まれますが、視野に頂点が入ることから静かな闘志が湧き、自らを奮起させることができます。体は前傾姿勢をとり身構えているため、もしも足を踏み外しても両手で岩をつかむことで、安全は意外に確保しやすいものなのです。

一方、頂点を極めて下山にさしかかる時、目的を果たした安堵感により体や気持ちの中から緊張感は消え、しかも極度の疲労が蓄積された状態なので足元はふらつきがちです。この油断した状態で峻険な岩場の下りに入ることで、滑落の危険性は登りの何倍にもなると考えます。実際、私も過去数回ほど岩場で転落しそうになり、瞬間的に死を覚悟したことがありますが、いずれも高い頂上を極めたその直後でした。忘れることはできません。

冬の道標(北八ヶ岳)

 

4年も前の何気ない会話が急に脳裏によみがえったのは、一昨年秋のトヨタ・ショックの発生、また最近になり話題に上がっているトヨタ自動車のリコール問題の発生がきっかけでした。

世界の頂点を極めようとした時、関係企業の全ての方々は緊張感の中、最高の仕事を目指していたものと思われますが、目的を達したその直後はどうだったのでしょう。残念ながら今まさに、大きな危機がやってきているのではないでしょうか。登山の教訓が、下界のできごとに当てはまるかどうか、4年前にはよく分かりませんでした。しかし今頃になって、どうしてもふとあの会話を思い出してしまうのです。

道を見失った時には、「来た道を戻れ」という山の鉄則があります。どこにどう進んでよいのかが分からなくなった時、無理に前進するのでなく、これまで歩いた道を引き返して、自らの位置が分かる地点に帰れということです。これはこの地域の産業だけでなく、私たち地方自治体の運営についても同様で、この際それぞれの原点に立ち戻り、いま一度本来の果たすべき役割や経営の再確認をすべき時期にあると感じられます。

頂点への挑戦に関しては、「山は逃げない」ということばを耳にします。天候が悪かったり、体調が不良の時、無理に頂点を目指さないで引き返し、体力を回復させ十分な準備が整った時、再び挑戦すればいいという意味です。態勢さえ整えば、果敢に挑戦する機会は必ずまたやって来ることでしょう。挑戦の場が逃げてゆくことはあり得ません。

問題なのは、次の挑戦までの間の体力回復をどうするかにあるのでしょう。この地域の産業全般に関しては、国のエコカー減税が打ち切られる見込みの秋口に、新たな停滞を迎える可能性があると考えています。よって、地方自治体としての地域産業支援に限界はありますが、新年度予算で新たな雇用の受け皿確保と市民の生活支援への配慮をしました。また基幹産業の振興を軸とした地域経済対策については、秋の実施を目標に、環境への配慮も併せて具体的な研究を進めて行きます。

 

「春の来ない冬はない」、私はそう信じています。この地域の自動車関連企業が、一日も早く信頼を回復され、充実したものづくりが復活しますことを心より願っています。

春を待つこころ(北八ヶ岳)

 安城市長 神谷 学

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