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更新日:2013年6月20日

家族の絆が地球を救う!?

「親孝行 したい時には 親はなし」という川柳があります。そうならないためにと考え過日、年老いた両親を連れ出して、妻とともに家族旅行に出かけてきました。専業農家で年中忙しかったわが家の家族旅行といえば、大阪万博以来なのではないかと思われます。実に39年ぶりの家族旅行が実現しました。
安城市南端の農村地帯に暮らすわが家では、親は畑仕事に勤(いそ)しむ暮らし、私は市長職と仕事の場は別々ですが、食事・風呂など生活の基本に関わる部分は同一です。今なお親子3世代の生活を送っています。
最近、風の便りに聞きいささか驚かされるのは、私の住む農村地帯でも核家族化が進行しているという話です。多世代の生活が可能と思われる農家住宅にはご両親のみが暮らし、若い夫婦は市街地のマンション生活もしくは集落近郊へ分家に出てしまう風潮になりつつあるということです。
仕事のために故郷を離れて遠隔地に出ざるを得ない場合はともかく、家族揃って暮らせる環境にありながら、そこを離れての生活を求める気持ち。全く理解できない訳ではありませんが、それが気ままな暮らしと言える時代がいつまで続くのかと考えさせられます。

家族の絆

私が子どもの頃は、家庭の主たるエネルギーは薪や木炭でした。祖父が庭先で薪を切ったり割ったりしていましたし、祖母がその薪をかまどでくべて煮炊きをする姿を今も記憶しています。幼い私は火の見守りを任せられたことがあります。エネルギー革命によりガスや電気器具の普及する以前の時代では、家族が助け合わなければ生活が成り立たないという事情があったのでしょう。多世代の共同生活は当然のことと認識されていました。
現代の文明的な快適生活は、エネルギーが低価格で無尽蔵に供給されるという想定の上に成り立ち、その前提に核家族化が進行しているように思われます。それだけにエネルギー代金の負担が重いものになるような事態が発生すると、生活維持に困難を来たす家庭が出現するのではないかと案じます。豊かな暮らしの象徴に思われる核家族の暮らしも、意外にもろい砂上の楼閣なのかも知れません。
私自身は、深く考えて親子3世代生活を選択した訳ではありませんが、単純に言って「鍋(なべ)・釜(かま)・風呂桶(ふろおけ)、それぞれ一つでこと足りる」という昔風の生活は、気苦労はあるものの生活コストを抑えられます。また子育て期の緊急時には祖父・祖母らの手を借りることが可能ですし、急な介護の必要な事態では家族の助け合いが容易となります。多世代家族が協力し合い一つ屋根の下に暮らす生活、若い人たちは負のイメージで受け止めがちなのでしょうが、見方を変えればある意味で豊かな暮らしにも思えます。

エネルギー浪費による地球環境の破壊、子育て支援、老人介護、リストラによる失業など、現代社会の抱えるいくつかの問題は、しっかりとした「家族の絆」が確立されていれば深刻な状況に陥らずにすむような気がします。
行政サイドの努力を放棄しようとするものではありませんが、市民の皆さんの納めてくださる税によって賄(まかな)われる行政サービスです。手厚い各種サービスの実施には多くの市民合意の形成が不可欠となりますし、また行政がサービスをいくら手厚くしても、家族の絆には遠く及ばない側面は必ず残ります。
21世紀社会の重要なキーワードはなんでしょうか。私は、当たり前過ぎて忘れられつつある「家族の絆」なのではないかと思われてなりません。たまたま先日親孝行をしたから、そう思えるだけなのでしょうか・・・?

安城市長 神谷 学

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