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更新日:2013年6月20日

デンマーク再考

コリング市役所での調印式

2009年1月19日から26日までの日程で、デンマークの友好都市・コリング市に訪問し、さらに親密な交流を重ねるために姉妹都市提携の調印のサインを交わして来ました。今後はアメリカの姉妹都市ハンチントンビーチ市、オーストラリアのホブソンズベイ市の二都市と等しいお付き合いができることを大変嬉しく思います。

歴史のある国、そして小国ながらも国民の勤勉さでEU諸国において一目置かれるデンマークです。私たちの日本も、小さくともキラリと光る国家であり続けたいものです。文化や社会制度の違いはありますが、いろいろな面で勉強になった実りの多い訪問となりました。

デンマークの小学校訪問で見つけた世界地図、地図の真ん中にはデンマーク国が位置しています。この地図で見る限り、日本という国は大きな地図の右上の端に描かれています。コリング市民からすれば、「自分たちの住む世界から最も遠い国の町」となるのでしょうが、コリングの市民を始めとするデンマーク国民は、私たちの日本に好意を持って下さっているのだということが感じられました。

デンマークの小学校コングスビャーウ学校を訪問

デンマークと私たちには、意外な共通点があることがあることが分かりました。以下3点ほどにまとめてみました。

  1. デンマーク王室

    欧州一の古い歴史を持つデンマークの王室は、1000年以上続く、非常に格式の高い王家です。このデンマーク王家が、世界一古い歴史と伝統を持つ王室として一目置いておられるのが、私たちの日本の天皇家なのです。

    王室と関わりの深い歴史展示館の文物を見ていますと、古くから日本に敬意を払い交流をして来られたようすが伺えます。海に面した海洋国家同士という共通点もあるのでしょうが、デンマーク王室の天皇家に対する親近感が、デンマーク国民にも浸透しているように感じられました。

  2. 新ジャポニズム

    19世紀後半の欧州で流行した日本趣味を「ジャポニズム」といい、日本の浮世絵などの美術工芸品が、当時の欧州の芸術文化に大きな影響を与えました。コリング市の博物館で目にした、あるがままの身近な自然をテーマにデザインされた古い銀製品。そこにデンマーク工芸品へのジャポニズムの影響を見ることができました。

    その日本趣味が近年、また復活してきているという話を耳にしました。今日の新ジャポニズムとは何なのでしょうか。いろいろお聞きしたところでは、日本のハイテク技術を駆使した日本製品、その品質の高さがデンマークをはじめとするEU諸国の人々に高い評価を受け、日本のイメージアップになっているということです。そういわれて回りを見渡せば、デンマーク人の持つカメラは全てといっていいほど日本ブランドでした。映像機器や音響製品、さらに自動車など、日本人への信頼性を再評価する社会全体の機運が生まれているようです。

    またコリング市の図書館でお聞きしたのは、日本アニメがすでにデンマークの子どもらに浸透し、「MANGA(マンガ)」と呼ばれて市民権を得ているという話でした。他にも最近のミシュラン・ガイドの影響なのでしょうか。日本食がブームになってきており、人口8万人ほどのコリング市にもお寿司屋さんが開店したということに驚かされました。日本のマスコミは、とかく自国の文化を自虐的に評価しがちです。また最近の経済低迷も拍車をかけて、私たちは自分たちを卑下しがちですが、遠いヨーロッパの国々では日本の文化やものづくりを高く評価し、敬意を持って下さっていることがよく分かりました。

    姉妹都市交流を通じて海外の都市に学ぶべきことは学びたいものですが、それと同時に私たちは日本文化への誇りを持って、相手の都市への情報発信に努めねばならないと再認識しました。

  3. 日本デンマークの再評価

    近世デンマークは250年ほど前の農奴解放を起点とし、近代までは農業が柱となり国家の礎が構築されてきました。そのため古い紙幣のデザインは、農業や漁業を象徴する牧歌的なものが主であったとお聞きしています。

    このような基幹産業である一次産業に従事する人材育成の場として、主だった町に国民高等学校が開校されました。この学校では単に産業従事のための技能が教えられたのみでなく、農奴の苦い歴史から民主主義への教育が徹底されたということです。また協同組合の歴史も古く、協同による連帯と相互扶助の精神で、小さいながらも欧州諸国で注目されるような豊かな国家づくりが進められてきました。

    明治時代の中期、農業用水が開削され農業基盤が整った安城市。当時、この地の農業指導者は、農村運動、農村社会の理想をデンマーク国家に求めた理由がしっかり理解できました。デンマークの近代史を聞けば聞くほど、私たち安城市の歴史を振り返っているように錯覚してしまいました。

以上、今回のデンマーク訪問で、見たまま感じたままを綴りました。北欧の遠い国デンマークではありますが、国家や社会の成り立ちを知れば知るほど、より親しみを覚えてなりませんでした。今後は、デンマークに関心のある市民の皆さんにも姉妹都市コリング市にお出かけいただき、福祉、環境、農業などいろいろな分野の貴重な勉強をしていただけることを心より願っています。

コリング市の町並み

なお、姉妹都市提携の調印式で述べた私のあいさつ文を、以下に掲載しました。


コリング市との姉妹都市提携時のあいさつ

皆さんこんにちは。私は安城市長の神谷学と申します。私は2001年秋、市議会議員としてこの町にお邪魔をしたことがあります。ちょうど国政選挙と地方選挙が同時に実施された選挙期間中で、政治家の皆さんはご多忙だったにもかかわらず、アナセン市長が時間を作ってくださり、コリング城のレストランで昼食をご一緒することができ、大変嬉しい思い出として残っています。

さて、私たち日本人はデンマークと聞きますと、アンデルセンの童話を思い出し、また現代においては福祉に力を入れている世界一の幸福国家という印象を持っています。

また私たちの安城市は80年近く前に、日本国内で「日本のデンマーク」と呼ばれていた歴史があるため、安城市民は特別にデンマークという国に親しみを持つとともに、あこがれを抱く人が多くいるものと思います。

私たちの町、もともとは松の茂る荒れた台地でした。約120年前、この土地に農業用水が引かれ、国鉄の駅ができ、農業高校が開校しました。産業基盤ができ、物流拠点ができ、人材育成の場ができたことから農業が盛んになり、日本有数の豊かな町に変わっていく過程で、当時のデンマーク国家に例えられ「日本のデンマーク」と呼ばれるようになりました。

現在も農業は盛んですが、それ以上に近年では自動車関連産業が盛んになり、また20年前には新幹線という高速鉄道の新駅ができました。まちの様子が大きく変わっていく中で、かつての日本デンマークと呼ばれた時代があっての安城市という歴史が忘れられてはいけないということで、1997年にデンマークの町並みを再現したデンパークという公園を建設し、コリング市と友好都市の関係を結ばせていただきました。

以来、いろいろな交流を重ねることができました。特に安城市における印象的な出来事は、2005年春、コリング市代表の皆さんが安城市においでの折、フレデリック皇太子が安城市においでくださったことです。穏やかな日和の中、皇太子は歴史博物館において日本の弓道に挑戦され、初めての競技にも関わらず数本の矢を的に当てられ多くの観客は驚かされました。

皇太子の当時の愛車はトヨタ自動車とお聞きしました。またアナセン市長さんは以前、ホンダの自動車に乗っておられたように記憶しています。このように意外なところでデンマークと日本はつながっています。

私たち安城市民は、コリング市との姉妹都市提携により、市民交流がより一層活発化し、両国交流がさらに深まることを願っています。コリング市の皆さんのこれまでのご厚意に感謝申し上げ、私からのあいさつといたします。


安城市長  神谷 学

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