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更新日:2013年6月20日

なにが幸せ不幸せ

文化の秋、さまざまな催しがあちらこちらで開催され、私にも数多くの案内状が届きました。できるだけ多くの会に出席し、市内諸団体の活動状況を把握したいのですが、日程等が重なることが多く、訪問できる催しは限られてしまいます。

そんな中、今年は時間の都合がついたため、ある高校の文化祭に訪問することができました。今の高校生たちの学校での表情や活動など、直接この目で確認できることを楽しみに訪問させていただきました。

ちょうどこの文化祭訪問中、アフガニスタンからこの学校に来ている女の子が、母国の生活について報告会を開くとのことで、急きょ会場となる教室にお邪魔しました。

 

アフガニスタンからの留学生
マリヤム・シャラフデンさん

話はアフガニスタンの地理や気候など、概況の説明から始まりました。訪れたこともない異国の地に思いを馳せ、あれこれ想像を巡らせるうちはとても楽しい雰囲気でした。しかし、話が普段の生活のようすに入ると、ほのぼのとした異国情緒はどこかに吹き飛んでしまいました。

アフガニスタンでは、今なお内戦状態が続いているようです。彼女の家の近所にもロケット弾が打ち込まれ、そこの家の人たちが爆死してしまった話や、友だちの家に兵士らが乱入し、両親が連行されたまま帰って来ないといった話などが紹介されました。こうした自らの実体験に基づいた話が進むにつれ、なんの罪もないこんな少女たちが、どうしてひどい仕打ちを受けねばならないのか。不憫(ふびん)さとある種の憤りを感じたのは私だけでなく、周囲で聞いていた人たちも同様だったに違いありません。

「どうして日本はこんなにまちがきれいなのでしょうか。どうして日本は夜でもあんなに電気で明るく照らされているのでしょうか。私もふるさとに電気を引き、みんなが夜でも安心して暮らせるようにしてあげたい。そのために私は電気技術の勉強をしたい」ということばで話は結ばれました。私の周りには、涙ぐむ人が何人もいました。

日本人の私たちは、いかに恵まれた幸せな環境で暮らしていたのか。途上国の人たちから見れば、こうした文化的な環境で暮らせることが、どんなに幸せなことだったかと再認識させられました。アフガンから来た彼女の目から見れば、「幸せ大国・日本」なのです。

しかし、連日のように新聞・テレビで取り上げられる数多くの自殺ニュースに接していると、この幸せな国日本には、自らが不幸と思い込んで暮らしている人が非常に多いのではないかと心配になります。

アフガニスタンの戦時下、日常的に生命の危機にさらされる生活では、元気で新しい朝を迎えられたことを感謝せずにはいられない。多くの人たちがおそらく、そんな心境で日々を送っているのではないでしょうか。食べ物も水も不足がちなアフガンでは、子どもも大人も近所の人同士みんなが助け合っていかなければ生きて行けないのです。こうした極限状況に近い生活の中で、庶民は命のはかなさや尊さを認め合って暮らしているのでしょう。

一方、人の死に出会うのはテレビやゲームの世界だけ。死に対する現実感を持ちにくい日本社会の中、日本人は死に対する畏敬の念を失ってしまいつつあるのでしょうか。子どもも、そして大人までもが、あまりに安易に自殺を選択しすぎるとある種の憤りに近い感情を持つのは、私一人ではないと思います。

先日のある新聞の社説に、孤独な自分を考え直そうというコラムが掲載されていました。人間社会の中で、どれほど孤立してしまっている人でも、自分一人の力で生きてこられた人は絶対にいません。生まれたばかりの赤ちゃんは、だれかが大切に保護し守ってあげなければ、成長することなく短時間に生を終えてしまうことでしょう。

いつもだれかが守ってくれていたから、今の自分があるということ。自分が生きていることを、生きがいにしているだれかがいるということ。日常の中でついつい忘れてしまいがちなのですが、そんな当たり前のことを大人も子どもも、いま一度確認し合う必要があると思います。

どんなに孤独な人でも、その人が元気でいるだけで目を細めて喜んでくれる人が、必ずどこかにいるはずです。もしも不幸にして、その人の生をこの世で喜ぶ人が仮にいなくても、あの世から温かく見守ってくれている場合もあるでしょう。この世の中、一人ぼっちはあり得ない。

かけがえないもの故に大切な命。失いたくもないのに、無理やりそれを奪われた無念の人が世界中にはたくさんいます。そんな大切な命、自分で捨ててしまうなんて本当にもったいないことです。

安城市長 神谷 学

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