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更新日:2013年6月20日

お祭りの秋

秋の稲刈りも、ようやく終わったようです。10月の声を聞くようになると、時折どこからともなく花火の打ち上げ音が聞こえてくるようになります。「運動会にしては、ずいぶん時期が遅いな・・・」と、気がつけばすでに10月を迎えており、秋の祭礼の号砲であったといった具合で、祭りとともに秋の深まりを感じさせられます。

瑞穂の国といわれた私たちの国。古くから日本各地に伝わる四季折々の祭事は、農事や自然崇拝と深く関わりを持っているのではないでしょうか。

仏教伝来以前の狩猟採取の時代から、日本各地で信仰されていた自然崇拝に近い土着の神道の「あの世」観では、人はこの世で死ぬとあの世に生まれ替わると、単純にそう信じられていたといいます。あの世は神さまのおいでになる自然の恵み豊かな世界と想像され、そうした豊かな恵みの多き世界は深い森の中に存在すると考えられていたようです。

古来より、そうした聖なる森と考えられていた場所は、今日では「鎮守の杜(もり)」として残されています。そこは元来、地域にゆかりのある神さまやご先祖さまがおいでになる場所と考えられ、地域の人たちの手で守られ続けてきました。

秋の祭りでは、天の恵みである稲の収穫が終えられ、新米として神社へ奉納されます。今年の豊穣を氏神さまやご先祖さまに報告し、感謝申し上げるという意味なのでしょう。一連の神事が終えられると、神さまやご先祖さまたちに献上されたお下がりを出席した農村集落の人々でいただき、今年の豊作の喜びを分かち合います。

元来、稲作にかかわる農作業は集落の総出で、共同の力で進められてきました。それだけに皆でおすそ分けをいただくという儀式には、単に初物をいただき喜び合うだけでなく、地域の全員で1年の農作業の労をねぎらい、「和の文化」を継承する意思を確認し合うといった意味が込められていたのではないでしょうか。

こうした祭りは、今日でも私たちの地域でさまざまな様相を見せてくれています。歴史のある祭りでは山車やお囃子(はやし)が繰り出され、獅子舞も披露されるようです。私の住む町内では「日本一の馬鹿のぼり」と陰口をたたかれるほどの大のぼりが、祭礼の二日間、地域総出で立てられています。江戸時代末期、村の素封家が、すべての村人が心をひとつにしなければ立てられないような大きなのぼりを奉納したことに由来しています。地域住民の和と豊作を願っての特大の贈り物だったと考えられます。

時代は変わりました。農作業は限られた少人数でこなすことができるようになり、若い人たちは収穫の喜びというものを感覚的に理解できなくなりつつあるのではないでしょうか。村のこうした祭礼の意味を理解する人は、今日では本当に限られているような気がします。なんだか寂しいことです。

しかし、そんな私の心配をよそに子ども神輿(みこし)は、今も大盛況のようです。祭礼の日には、あちらこちらで子どもたちのにぎやかな歓声がこだましています。現代風イベントとは少し違った、地域の心がひとつになるこうした祭事を通じて、和の精神の継承は立派に図られているようです。

各地で繰り広げられるこうした昔の集落単位の祭礼は、私たち行政がご支援することの難しい伝統行事なのですが、今後も先人たちの願いや祈りを引き継ぎ、末永く続けられることを願っています。和の文化が大切なのは、昔も今も変わりません。

安城市長 神谷 学

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