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更新日:2013年6月20日

自然に抱かれている私たち

今年のゴールデンウィークは連日の好天に恵まれ、多くの市民の皆さんも、あちらこちらにお出かけになられたことでしょう。私も連休には、久しぶりに日本アルプスの山々に登り、しっかりと心の洗濯をしてきました。

今回の山行は、長野県の豊科方面から常念岳(標高2857m)を越え、蝶ケ岳(標高2677m)に縦走し1泊。その後、上高地へ下り、さらに2日がかりで槍ヶ岳(標高3180m)を往復するというものです。


長時間の登高により、ようやく姿を見せた槍ヶ岳の頂上部分。残雪に覆われた最後の急斜面を登っていく。

上り下りの続く連日約10時間近い山歩きは、さすがにきついものですが、心の中で大自然と静かな会話を楽しめるひと時もあり、単調なつらいことばかりが延々と続く訳ではありません。

空気の薄い3000m級の世界。残雪に覆われた厳しい登り斜面では、「苦しい」以外にほとんど何も考えられなくなります。苦しさをこらえ数十歩を進み、立ち止まって乱れた呼吸を整え、またさらに数十歩を進むという単調な動作を気が遠くなるほど繰り返すうちに、やがて山々はその全貌を現してくれます。大自然に溶け込んでいる自分を実感できる瞬間です。

厳然とした雄大なパノラマに接すると、改めて「自然が人間を生かしてくれている」ことに気づかされます。

人工的に環境が制御されている都市空間に生活していると、私たちは大自然をコントロールできるかのような錯覚に陥ってしまいがちです。山に登ると、それが人間の愚かな自己過信であるということに気づかされ、大自然に対して謙虚な自分に立ち戻ることができます。

東洋には古来より「宇宙(自然)の中に人間があり、人間の中に宇宙(自然)がある」という世界観があります。つまり大自然と人間は本来別々の存在ではなく、不可分の関係にあるという思想です。こうした思想が素朴な自然崇拝の信仰につながり、日本人が故郷の山や海や川を大切にする文化を育んできたのでしょう。


常念岳から蝶ヶ岳への縦走路の景色。穂高連峰から槍ヶ岳にかけての雄大な山岳風景が広がっている。

明治維新以来、国策として近代的な西洋の産業技術や社会制度、さらには文化や思想を受け入れてきた代償として、かつて日本人が持っていたはずのそうした自然に対する素朴な畏敬の念が忘れられつつあるようです。

原始に戻ろうなどとはいいません。でも、従来の路線上にある科学技術や合理主義だけでは生きていけないような状況に、すでに私たちは追い込まれてしまっていることに気づかねばなりません。

山で感じた「大自然に抱かれた生ある私」という、謙虚なひとりの人間としての自覚。それをお伝えしたくてこの文を書かせていただきました。

ところで、これを読んで山に登ろうと思われた方がおいでになるとするのなら、山を熟知された経験者のアドバイスを受けること、日常的な体力トレーニングを積んでおかれることは、最低の必要条件であるということをご承知ください。

大自然が、いつも人間に優しいとは限りません。

安城市長 神谷 学

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